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象徴


 今や同じ種と成り果てたというのに、彼の背にある翼を見て、ユアンは奇妙な違和感を覚えた。
「何かあったか?」
 黙って見上げていたユアンの視線へ気付き、怪訝な顔をしながら、男が地面へと降り立つ。ユアンはいいや、と首を横へ振り、晴天に溶けるような男の翼を今一度見詰めた。そうか、と呟いた男が足先からゆるりと地を踏むと、同時に彼の背中に生えていた翼は強く発光し、光の粒となって空気へ散る。爪先だけ地に降ろしていたクラトスが、その踵まで地面へと降ろした瞬間、ユアンには彼が唐突に重力を取り戻したように見えた。
「やはりこの崖を越えねばならぬようだ。上空から確認はしてみたが、当面上へ出る為の道も無いようだから、飛ぶのが一番だろう」
 問題は荷物だが。
「一刻も早くミトスとマーテルに追い付くには、無理をしてでも此処を越えるしか有るまいな」
 行けるか? と目線で問う男へ、我に帰るなり、
「当たり前だ」
 と、ユアンは噛み付くように返して、荷の入った袋を担いだまま上から身体へ紐で括り付け固定した。肩口で強く紐を縛り、つと視線を上げれば。手早く荷を固定したクラトスが、今一度マナの羽根を具現化させているところであった。
 薄い青色をした翼は、空に似ている。透けて遠くまで見通せそうな、それでいてそこに果てがあることなど気付かせもしないような。この星に満ちたマナを写したような、澄み切った青だ。
 軽く目を細めたユアンは、肩で留めた紐の余りを、一度縛る手前の紐へ邪魔にならないように挟み込んだ。
「行くぞ」
 クラトスが軽く膝を落とす。身体を押し出すようにゆっくりと地を蹴る動作で。
「ユアン?」
 滞空した男がそのまま離れて行くでもなく、訝しむ様に僅か浮いたまま留まっているのに、ユアンは我に返った。
 どうした、と続ける声へ、思わず、似合わん、と憎まれ口を叩く。
「恐ろしく似合わんな」
「……お前ほどではない」
 呆れたような眼を向けられて一瞬後悔をするが、クラトスの上げられた口の端に、似合って堪るものか、と言って自らもまた翼を広げた。今だに馴れぬ浮遊感と共に地面は遠退き、肩甲骨のやや上の辺りへマナが集中したのが解る。
 一息に越えるぞ、と言い様に先行するクラトスを、眩しく見遣った。夏の空という程濃くはない澄んだ色の翼は、冬晴れの空のようだ、と。
 そう考えてユアンは、考えを振り払うように翼を一度大きく羽ばたかせた。


[幕切]


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