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ユアン純情恋物語


 目には目を、歯には歯を。
 ツンデレにはツンデレを。
 奴の場合はツンデレというより素直クールかも知れない。だが、近づきすぎず、離れすぎず、隙を見せずにそばにいたら、意外にも告白してきたのは奴の方だった。
 もちろん狙っていた結果に内心嬉しかったものの、仲間としての付き合いが長かった私たちだ(それこそ千年単位で)、愛しいと思う気持ちは確かにある、が、うまく想像できない。
 クラトスと手を繋ぐ自分とか、クラトスを抱きしめる自分とか、クラトスに抱きしめられる自分とか、一枚の毛布を分け合うクラトスと自分とか、一杯のかけそばを分け合うクラトスと自分とか、一緒に銭湯に向かうクラトスと自分とか、募金したときに二枚羽根をもらって一緒に胸にさしたり、人生の終わりに教会で冷たい床に横たわり神々しい絵画を二人弱々しく見つめながら僕はもう疲れたよクラトス…となる自分とか。
 …想像は難しいが、クラトスが自分を好きだと言ってくれた以上、これらは叶わない夢ではない。そう思うと残りの人生が一気に華やかに思えて、何をしていないときでも自然ににやけてしまうものだ。
 でも、いまいち縮まらない距離。
 何とかしなければ、と思い今日はクラトスを呼び出したのだが。




「……お前、そんなに飢えてたのか」
「ふ?」

 私には目もくれず、ラーメンをすすっているクラトスに、くらりとした。が、クラトスは不服そうに視線を上げて。

「お前こそ味わって食べているのか?さっきからため息ばかりついて」
「…すまん」
「並んだだけあるな、すごくだしがきいていておいしいぞ、ユアン」

 どうしてこいつは、ときにこうもデリカシーがないのだろうか。よく見ればチャーシューを最後に残している。そんな様子をかわいいと思ってしまう自分は多分末期だ。クラトスが不意に私のラーメンを覗き込んで言う。

「ユアン、お前はメンマが好きなのか」
「いや、嫌いだから後で食べるが?」
「…子供みたいだな」

 ……本当に私とこいつは愛し合っているのか。可愛くない奴…
 悪かったな、と悪態をつくと、クラトスはふわりと笑う。

「チャーシューと交換してやろうか」
「え、だってお前、」
「お前が何だか元気がないからな」

 調子が狂う、と言うクラトスに、じーんと目頭が熱くなる。そうだ、こう見えて、意外と健気な男なのだ。すごく抱きしめたい衝動に駆られる、が、今は二人を隔てる机が邪魔だ。とても。ここは妥協して、クラトスのラーメンからチャーシューを取る。それだけでも大分嬉しかった。四千年前、この男からトマト以外の食べ物を押しつけられたことがあっただろうか、いやない(反語)!!
 愛しい恋人をここまで心配させておいて、このまま肝心の話も出来ず帰るのは、きっとヘタレというものだろう。

「…実はな、今日は話があるのだ」

 そう切り出すと、クラトスはことんと首を傾げた。こういうところも妙にかわいらしいから困る。だが私の真剣な眼差しを悟ったか、しっかりと私の目を見ていた。
 今こそ、きちんと、伝えなければ。
 距離を縮めたい。
 目に見える程度に愛し合いたい。
 そして出来るなら一緒に暮らしたい。
 そんなことがぐるぐる頭で回り、同時に緊張。拒絶されたらどうしよう。そんな欲望と不安の混乱状態で出た一言が。


「こっ、今晩うちにこないか」
「………………………………断る」


 …今、こいつは何と言った。嗚呼、何故そんな目で私を見ている?そもそも私は、何と言った?
 クラトスの箸が高速移動で私のラーメンに伸びたかと思うと、ざっくりとチャーシュー──さっきクラトスがくれると言ったものだ──を突き刺し、また箸をひっこめると、ぼとぼとと今度は私の嫌いなメンマを私のラーメンに降らせる。ついでに汁が顔に飛び、熱さに我に返る。

「きっ、貴様!何をする!」
「お前はそんなくだらないことをずっと考えていたのか!?」

 くだらないこと。
 軽蔑するように私を睨みつけてくるクラトスの頬がうっすら火照っているのは。

 ──今晩うちにこないか──

 冷静に口走ったことを理解し、さぁっと血の気が引いた。

「何を唸っているかと思えば…!」
「ちっ、違う!今晩というのは言葉のあやで、今からだったら今晩になってしまうし、何も私はベッドの上で語り合おうとかそんなことは微塵もっ…!」
「な、何てことを言うのだお前は!!」
「誤解だっ、私が語り合いたいのは、もちろん着衣の上で……っ!」

 言えば言うほど泥沼。何故だ。
 がたん、とクラトスの椅子が大きな音を上げ、クラトスが立ち上がり私を見下ろす。冷たい視線、これで人を殺せそうだと呑気に思っている場合ではなく。
 クラトス、と掠れた声が出たが、クラトスは私を睨むと背を向け、走り出した。追おうと私が立ち上がるのとほぼ同時にクラトスの体は他の男にぶつかり止まる。

「っ!」
「何やってんの、天使様」

 この声は…。
 自分の顔がひきつるのがわかった。
 ゼロス・ワイルダー。テセアラの神子。私はこいつが大嫌いだ。生意気で、可愛げがなくて、顔がよくて、そのくせクラトスを好きだという。
 ってクラトスお前、随分と長いことゼロスにくっついていないか。
 と思いつつゼロスを睨む。

「クラトスを離せ、私の恋人だ!」
「…天使様、あんなこと言ってるけど?ね、本当?」

 ちゃっかりクラトスの肩に手を回すゼロス。その腕を離そうともせずにクラトスはちら、と私を見た。

「……………………………一応」
「間をあけてそれか貴様!!!」

 ふん、と顔を逸らすクラトス。
 いい加減ゼロスから離れろ。強情な奴!と視線を送ると、何やら視線で毒を吐かれた。睨み返し、睨み返される。
 そんなやりとりをしているなか、ふとゼロスが呟いた。

「……………だ」
「は?」
「そんなのやだ。天使様があんなマヌケの恋人になったりあんなマヌケとキスしたり抱きしめられたり一杯のかけそばを分け合ったり毛布を分け合ったりいかがわしいことすんの俺様断固反対!!!」

 叫んだかと思うと、ゼロスはクラトスに抱きつく。

「ゼロスっ離れ…」
「じゃ、あいつと別れて」

 店内の視線が二人に集まる。
 それがわかっているのだろう、後ろ姿でもここから唯一見えるクラトスの耳は真っ赤だった。クラトスを引き剥がそうとゼロスに近づいたときだった。
 ゼロスがクラトスに囁く。

「あいつ、絶対下手だぜ」
「!!!」
「きっ、貴様っ!黙っていればいけしゃあしゃあと!」

 クラトスの腰をがしっと掴むとびくっとクラトスが震え、あろうことか、呟いた。
 ──ライトニング。

「うぎゃああ!」
「!?すまない、つ、つい反射的に!」
「…ざまぁ」

 にやり、そんな笑みと浮かべそう吐き捨てたゼロスに殺意が芽生える。10回くらい殺したいほどの殺意。こいつが憎い。びりびりと帯電する体でダブルセイバーを召喚しようとすると、ゼロスも察したのかクラトスから距離を置き剣の柄に手をかける。


「待て。公共の場で武器を持ち出すのはルール違反だ」


 …独特の、なんというか、ハードボイルドっぽいBGM。を引っさげ、無駄に店内に響いた渋声。
 嫌だ。本当にやめてくれ。
 声の方を振り返りたくない。

「って何それ。マジで何それ」
「…………………こうらk「天使様、言ったら駄目」

 クラトスとゼロスが二人揃って間抜け面になったから、思わずそっちを見てしまった。そこには頭に思い描いていたすごくいてほしくなかった人物が、思いもよらない格好で立っていた。

「このラーメン屋の店主のリーガルだ。喧嘩はやめてもらいたい」
「…クラトス、ロイドたちとの旅はこんな色物揃いだったのか」

 遠い目をして首を振ったクラトスは、本当はもっと真面目な人なのだ、と消え入りそうな声で言った。いや、真面目なわけないだろう。そんな○楽ラーメンの衣装を着て丸眼鏡までしたいかつい男が。哀愁漂う例のBGMが聞こえてきそうだ。
 不本意だが、マジで何それ、の気持ちが痛いほどわかった。

「とは言っても今宵の雇われ店長なだけで、今日のこの姿は単なる気まぐれだ。さぁクラトス殿、私の会社の系列のラーメンをたんと召し上がってくれ。もちろん奢りだ」

 わざわざ私の会社の、というところが嫌味ったらしい男だ。このすかした態度とか、金持ちなところが気に食わない。
 ていうか雇われ店長って…
 さすがにクラトスは慣れているのか、表情一つ変えずにリーガルに答える。

「いや、リーガル殿。もう私もユアンもたんと召し上がった」

 否、やはり驚いているらしい。
 何だか返答がおかしかった。
 そりゃあ、こんなのにクラトスが見慣れてしまっていては私も悲しい。

「そうか、感想は」
「ダシがきいていてよかった。あと、ユアンがメンマが嫌いだとわかって嬉しい」

 無表情のままさらりとのたまったクラトスに少しだけ気分が浮上した。この男も、少しでも私のことを知りたいと、そう思っていてくれたのか。
 同時にゼロスとリーガルの顔がひきつる。と、二人の私に強い視線が飛んできた。思わず身が竦む。

「さて、話は聞かせてもらったが、貴公は晴れてクラトス殿と付き合うことになったのだそうだな」
「そうは問屋がおろさんぜ」
「あぁ、レザレノ・カンパニーの総力を上げて阻止させていただこう」

 そんなくだらないことで従業員を振り回すなよ!というつっこみを飲み込む。肝心のクラトスと言えばそんな風にのろけて私を争いの渦に巻き込んだくせにまだゼロスの近くにいる。手招きしてみるが、ゼロスとリーガルが首を傾げてにじり寄ってきただけだ。

「お前らではない!!」

 いらいらする。
 二人の奥で涼しい目で――いや、涼しいなんてもんじゃないな、絶対零度だ――私を見ているクラトスを憎らしいと思った瞬間、本当に視線がかち合った一瞬、クラトスの瞳に怯えの色が揺らめいた気がする。

 ――今晩うちに来ないか――

 そうだ、あんなことを言ったのだ。
 誤解されて当然だ。警戒されるのも。

「く…クラトス…!」

 謝らなくては。
 他意などなかった。
 私はただクラトスともっと距離を縮めたかった。だから。

「誤解を招くような言い方をして、すまなかった…けれど私は、今晩うちにこいと言ったのは、」
「ってめぇ、そんないやらしいことを俺の天使様に言ったのか!」
「神子、クラトス殿はお前のものではないだろう」
「本当にそんなつもりじゃなくて…今の時間帯からなら夜になってしまうわけで…お前が嫌なら、朝でも昼でもよくて…ただお前と今後の二人について話したくて……」

 なるべくゆっくり、言葉を選んで。
 今度は変なことを言わないように。

「だから、許してくれクラトス…浮気なんてしないでくれ…私だって、クラトスが好きだ。一度も言わなかったが、私だってお前が好きだ」
「………」

 声が震えた。
 相変わらずの無表情…けど少しだけ困惑したような瞳で私を見つめ立ち尽くすクラトスに、私は次はどうしたらいいのだ。
 視線を落としたとき、クラトスが一歩踏み出したのがわかった。
 顔をあげる、と、ゼロスがクラトスの腕を掴んで止めていた。

「天使様からあいつに…告白したの」
「そうだ」
「…正直意味わかんない。結構本気で」

 失礼な、と思ったが、私が抗議するより先にゼロスがクラトスに迫っていた。

「あいつのどこがいいのか教えて。…いや、天使様があれがいいって言うなら別にいい。ただどこがいいのか知りたい」 失礼な、そう思っていた。
 だが、それは私も疑問だった。
 どうして、どこを好いてくれたのかがわからなかった。
 クラトスと目が合い、ごくりと唾を飲み込む。私も聞きたい、クラトスは私の心情を察したらしかった。

「ユアンのどこがいいのか、か。」

 そう呟くと、また私の方に踏み出した。 …私もクラトスの手を取る。合った目が優しく細められたので、いいのだと、抱き寄せた。ゼロスがクラトスの手をすっと離したのもあって、クラトスはすとんと私の腕の中に落ち着いた。

「そんなどうしようもないユアンが、理由は説明できなくても、今の私にとってすごく愛おしい。男同士であるということを越えてまで、愛していると言い切れるのは、ユアン一人なのだ」

 クラトス…。
 言い切ると僅かに顔を火照らせたクラトスを、さらに強く抱きしめた。
 安堵感と、満たされていく感覚…

「私もだ、クラトス…」

 幸せだ。
 こうして二人で私達は生きていくのだ。
 いつの間にか出来ていたギャラリーが、私達に拍手を送る。店中大喝采だ。

 ――チャリン、チャリン

「あーあ、わかったよ。確かにユアン様は天使様がついてないと危なっかしいしな」
「ゼロスっ、お前までっ」
「うるせぇそう噛みつくな…幸せ者が」
「…大丈夫だ。クラトスは責任を持って私が幸せにするから」
「一応今はあんたに任せてやる。けどな、貧乏が辛くなったら天使様、いつでも俺のところにおいで?」
「ありがとうゼロス…だが、きっと私はずっと…」
「あは、冗談。…言ってみただけだから」
「ゼロス…本当に、ありがとう」

 ―チャリン

 潔いゼロス。
 明るく振る舞っているけれど、本当は彼もクラトスを愛していたのだ。けれど、だからこそ今、私とクラトスを祝福してくれている。…嗚呼、斯くも男同士の友情とは美しかったのか…

 チャリン、チャリチャリン

「はいはい、大きいのもOKよ〜!!」
「――ってさっきから何をチャリチャリと!!人が感慨に浸っているときに!!」
「商売だが?」

 音の方を睨みつけると、大きな箱にガルドを集めていたリーガルがしれっと答えた。丸眼鏡から覗く瞳はやけに冷静だった。
 いつの間にやら背中に『レネゲード首領VSテセアラの神子!!地上最後の天使を巡り、二人の男が今宵衝突する!!』と力強く筆か何かで書き殴られた旗をつけている。
 ってこれは。
 私より先にゼロスが叫んだ。

「ひ、人の恋路を弄びやがって!!」
「甘いな、どんな状況も見逃さずこうして利用する力こそ生活を営むのに必要なのだ。…クラトス殿、私と来ないか。金で買えないものはある。だが、金がなければまず、幸せとは手に入らぬ」
「なっ…どさくさに紛れて口説くな!」
「…まずあんたそんなキャラだったか?」
「って、あれ、クラトス殿?」

「へぇしかし、神子さまが気に入るだけあるねぇ。あんた、綺麗な人だなぁ」
「レネゲードってのは何だ?聞いたことある気もするが、印刷屋だっけか」
「あぁ、俺とも遊んでほしいなぁ」
「こらっどきなよあんたたち、ねぇお兄さん、あんた印刷屋の嫁でいいのかい?女の子の方がいいんじゃないか?ほら、あたしなんかどう?見てこのグラマラス!」
「ゆ、ユアン!!」

 クラトスが縋るような目をして、たくさんの客に囲まれながら私の方に手を伸ばしたから。
 周りの奴らを引っ剥がして、クラトスを引っ張って、店を慌てて出る。
 追いかけられたが、店を出ると同時に素早くクラトスを抱え、羽根を広げ夜空へと逃げた。感嘆の声やら、呼び止めたがる声やら聞こえたが、振り返らず、ただ空へ空へ。






「ユアンっ、降ろせ!」
「自分で飛ぶか?」
「当たり前だっ」

 大体人前で飛ぶなんて、そうぼやいても私の手を離さずにいてくれるクラトスが私だって愛おしい。

「クラトスだって、私がいなくては駄目ではないか?」
「うるさい…それが恋人というものだ」
「ふっ…そうだな」

 夜空に映える空色の翼に瞳を細めた。

「さてクラトス」
「何だ」
「今は夜だがどうしようか?」

 殴られた。
 ……ちっ、ツンデレめ。
 確かに変な含みを持たせたが、それを無視しないお前も少しは悪いぞ、クラトス。
 まぁ、そんなとこが好きだがな!!!!




 ――この日以来、何かと他の奴らに変な方向に吹っ切れたねと言われるようになったのは、また別の話。





 END


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