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彼の女を守りたい、と


 揺れる馬の背で、パラスは大剣を大きく振るって血を跳ね飛ばした。むせ返るような鉄錆にも似た臭いが鼻につく。一帯は小さな呻き声や鎧の擦れる音が犇めきあうように響いていた。
 国家反逆罪は極刑に処される。それを解っていながらも、反乱を起こしたものたちがいた。王都北方に領を構える中流貴族である。
 血を払った剣身を外套の端で拭い、リカッソを握って二本の革帯で吊った鞘へと剣を無造作に戻した。次いで、馬の邪魔にならないよう剣帯を回して剣を背中側──尻の辺りで留める。鋭く金属を革で擦る音がした。
 素人も同然の戦略であった。実践を知らない、本だけで得た軍略を教科書の通りに広げたのだろう。街を背に荒原に成された布陣は、型に嵌まった綺麗なものだった。中途半端に知識をつけた者との戦が一番やりやすい。完全な素人であれば想定外の行動を起こす恐れがあるが、軍学をかじった者であれば、経験のなさを書物に頼る。
 結果、半日も掛からず戦は終結した。パラスはフルフェイスの兜の中から、ただ静かに、濡れた戦場へと目を向けていた。斜陽に照らされた地は一際鮮やかな赤色をして見える。
 ハーフエルフにも人権を、そう言って行われたデモ活動は国より派遣された政務官によって規制された。その政務官を領主が牢に捕らえたことに端を発した今回の反乱は、国家反逆罪によって領主一族の滅亡という形で一応の終わりをみせた。
 領主の妻は、ハーフエルフであった。
 賢君として名を馳せていた領主は、騎士団が街に入る前に投降をした。国家反逆罪は一族皆に適応される。犯したものが貴族であろうとも、例外はなく極刑とされる。それは成文化された法であった。
 沈む夕日に、街の外壁は暗褐色に染まっていた。直に、次の領主が派遣されることだろう。先の領主に賛同して、蜂起した領民たちである。次に派遣される領主は特に厳しい者となるだろう。ハーフエルフを弾圧し、領民を力によって支配するような優秀≠ネ領主が。ブレスから覗く黒い目は、光を受けて紫がかって見えた。
「アウリオン騎士団長」
 騒々しい足音に振り返れば、己の副官が一人の兵を引き連れて走り寄って来るのが見えた。重装備を着込んだ部下の隣、走竜を引き連れた兵は──軽装を着ているせいもあってか──やや小柄で年若く思えた。服装から妻の治める領地に所属している伝令兵と解る。
「団長。アケルージアから、急使が」
 副官へ頷いて見せれば、余程急いでいるのか、男は礼もそこそこに直ぐ脇まで駆け込んで来た。
「奥方様より書簡を預かって参りました」
 どうぞこれを、と副官へ渡された手紙には、オケアニデスの印章が封として蝋で捺印してある。
 邪魔になるブレスを跳ね上げ、副官から書簡を受けとったパラスは、御苦労、とだけ低く返し、手甲も外さぬまま器用に封蝋を剥がしてみせた。そのまま、素早く紙を開くと書面に目を通す。綺麗に調えられた書体を二回通り視線でなぞって。ただ、そうか、と小さく声を漏らした。丁寧に羊皮紙を畳んで目を閉じると、微かにだが風を感じる。
 書簡には、自身が父になったことを示す旨が簡潔に記されていた。
 御苦労だった、ともう一度伝令を労い、パラスは速やかに馬首を返した。片手でブレスをもどし、手綱を引く。
 世界は広く。決して立ち止まることを許されぬ風が、大きく外套を膨らませ駆け抜けていった。


[幕切]


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