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バカルディ・ゴールドをロックで


 バカルディ・ゴールド。ロックで。
 注文をすると、カウンターの向こうでグラスを磨いていた酒場の主人は呟くような返事をした。赤鳶色の髪の掛かる目を軽く閉じて待てば、グラスに氷のぶつかる音が軽快に響く。
 暖色系の色のついた電灯は、店内をぼんやりとしか照らしてはくれない。木製の良く磨かれたテーブルとイス。カウンターまで木製であることを考えると、主人なりに何かしらのこだわりがあるのかとも思えた。
 微かに空気の動く気配を察して瞼を押し上げれば、ちょうど目の前に丸く切った紙が敷かれ、薄い褐色に色付いたゴールドラムの入ったグラスが置かれたところであった。背の低い酒場の主人は、ごゆっくり、と一言だけ残すと注文に呼ばれるまで立っていた場所へと戻って、再びグラスを磨きはじめた。
 出されたラムを、しばし、眺めていた男は、静かにグラスを手に取った。余り空調の効いていない店内は、僅かに肌寒い。酒が飲めれば室温などは対して気にならないのかもしれないが、少なくとも店に入ったばかりの男にとっては寒かった。冷たいグラスを手の中で回して、揺れる水面を見詰める。
 重たいアルコールの匂いが、揺れる度にラム酒の表面から放たれていた。ラムの香りを楽しむのならゴールドのミディアムをロックで。昔聞いた言葉を思い出し、目がまうような濃厚な香りに、グラスを握り直して、ぐ、と深く煽る。液体は喉を焼きながら食道を通り過ぎ、飲み干すと同時に胃から鼻へとヘビーよりも幾分軽いミディアムラムの匂いが熱を伴って抜けていった。
 グラスを下ろすと、取り残された氷がグラスの底を叩いて軽快な音を立てる。息をついて、紙のコースターの上へとグラスを戻した。僅かに残ったラムが透明なガラスを薄く色づける。
 酒は得意ではなかった。
 店の外の石段を響かせる足音に気付くと、男は纏わり付く酒の匂いから遠ざかるように席を立った。羽織ったままだったコートから財布を出す。長方形の、黒い財布。特に何の特徴もない財布から、ラム一杯分の金額丁度を出した。革の手袋に包まれたままの手の平で硬貨を転がして金額を確かめると、目の前のカウンターに置いた。木製のカウンターが硬貨を受け取り、意外にも高い悲鳴を上げる。主人が、チラリとこちらを見たのが解ったが、男は気にもせずカウンターから離れた。ややゆっくりとした足取りで木製の扉へと向かうと、男が戸に手をかけるより先に扉が開いた。カララン、と軽い音をたててベルが揺れる。冷たい空気がするりと忍び込み同時に強い雨音が鼓膜を叩いた。雨の落ちる音の中を縫うようにただいま、というまだ幼さの残る声が聞こえ、次いで水に濡れてへたった濃茶色の頭が覗いた。目の前に立つ長身の男に驚いたように立ち止まったずぶ濡れの少年に、カウンターから、ボサッとするんじゃあねえ、と声が飛んでくる。
「お客さんの邪魔になってんだろうが」
 あ、と大きく口を開けた少年は、
「わ、わりい」
 すいませんだろうが、ともう一度怒鳴られて、詫びの言葉を繰り返す。部活帰りなのか大きなスポーツバックを雨から庇うように両腕で抱えていた少年は、父親の指摘にヨタヨタと脇に避け、無言のまま通り過ぎていく男の顔をそっと眺めていた。
 男は視界の端で少年を捉えると、目を合わさないまま開け放たれた扉を潜り、足早に店を後にした。


[幕切]


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