■tos | ナノ
ROCK,PAPER AND SCISSORS


「何故、私が下なのだ」
「あんたが上だったら犯罪だろ?」
 ベッドに倒された格好のまま、黙ってこっちを見てくるクラトスは、
「……どちらであろうと犯罪であることに変わりはないと思うのだが」
 ……すごく、不服そうだった。


「……おはよ、クラトス」
「……ああ」
 気分が良くないのを我慢してまでした挨拶は、おざなりな返事のみが返ってきて余計に気分を悪くさせた。
 すでに着替え終え、手袋を馴染ませるように指を動かしているクラトスは、こちらを見ようともしない。感じた不満をそのまま顔にだして、ロイドは身支度を整えるクラトスを眺めていた。
 閉められたカーテンの隙間から洩れた陽の光りは、備え付けの椅子に掛けられたままの、皺一つないクラトスの燕尾マントへ戯れるように揺れる。夜に溶ける黒を基調としたマントは朝の光に照らされて、それが実は濃紺であると解った。
 ガシャ──音がして、ベッドサイドに立て掛けられていた長剣が持ち上げられる。剣も留め具も通されたままだったベルトを軽く腰にあてがい位置を確認すると、既に回してあるベルトの下に嵌めた。左寄せにベルトを締めたあとバックルを正面にずらして剣の位置を整える。
 鋭い、布と革の擦れる音が耳についた。
「……どうした」
 軽く剣の柄を押さえて、位置を確認するとクラトスは視線をこちらに向けることなくロイドに問うた。いつになく静かなロイドに異変でも感じたのかもしれない。ただ、今日のロイドの機嫌はどん底だった。滅多に自分から話し掛けてこないクラトスが声を掛けてきたからといって、簡単に機嫌を直す気にはなれなかった。
「や、なんで最初っからその位置でベルト留めないのかなってさ」
「……癖だ」
 はぐらかすための適当な返事をして、しかし、クラトスの素っ気ない態度に返って苛立ちが募る。気配や視線に敏感なクラトスのことだ、彼がベルトを──剣を手にとる前から自分が様子を伺っていたのは気付いていたに違いない。だというのに、嘘と解る問い掛けに、咎めるでもなく問い詰めるでもなく追及しないことを選んだクラトスに、ロイドは理不尽ながらも怒りを覚えた。
 元より必要以上に人に構うことのない性格であるということは知っている。ロイドとて、いつもであればこんなに考えたりせずに思うままを口にする。視線を合わせなくとも、クラトスは自分の言葉をきちんと聞いてくれていると知っているのだ。
 ただ、今のロイドにはそれが出来ないでいた。

 鈍く痛む腹が、ロイドの口を重くする。
 今日は散々だった。重くされたのは口だけではない。動きもキレが悪く、体のバネを上手く使えなかった。お陰で幾度かこなした戦闘も、まともに戦えずに皆の足を引っ張ってしまった。コレットとしいなに心配され、ジーニアスに茶化され、リフィルに叱られた後、プレセアとリーガルに休息を勧められた。結局、来た道を後戻りして昨日の宿にもう一泊することになったのだった。
 部屋も部屋割も昨日と同じで、少ない手荷物を部屋の隅に放ると、ロイドはそのままふたつあるベッドのうちの一つに倒れ込んだ。衝撃に、腹部に痛みが走った。
 値段の割には悪くない部屋だった。家具は木製で統一され、使い込まれたそれらは綺麗な飴色の光沢を持っている。掃除は行き届いており、建物自体にも気を使っているのか、古い木造建築独特のかび臭さは感じられなかった。よく摩耗して滑らかになった木製のベッドヘッドを撫で回して、ロイドは溜め息を吐いた。新しく敷かれたばかりの布団からは、柔らかな日向の匂いがしている。
 心地好い布団に顔を半ばまで埋めて幾度か呼吸をする。静かな室内に何処か落ち着かない気分になりながら、ロイドはちらりと視線をあげた。意識は今朝マントの掛けられていた椅子へと向かう。そこには、あの特徴的なマントは無い。かわりに今椅子を占拠しているのは、先日トレントの森で一騎打ちを果たしたばかりの己が父親だった。
 椅子と共に備え付けられていた小さなテーブルの上には幾つか道具が広げられている。抜き身の剣を手にした青年は、通常の剣よりも若干長めの刃を丁寧に拭っていた。やや青みを帯びた刀身は、錆止めの油を薄く塗り込められて静かな輝きを放っている。飾りもなにもない剣だが、その刀身を見れば名工の手による物だということは一目瞭然だった。綺麗な剣だ。
 父から譲り受けたフランヴェルジュも宝剣と呼ばれるに相応しい美しさを誇っていた。柄、柄頭、鍔には繊細な装飾が施され、炎を象った刀身は使い手の意志に呼応するかのように中に宿る深紅が揺れ明滅する。見た目と裏腹に並の武器では歯の立たない程の強度と切れ味を誇る炎の剣は、今は養父の鍛えてくれたヴォーパルソードと共にロイドの元にあった。
 フランヴェルジュほど華美ではないが、ロイドはクラトスの手にある長剣が好きだった。細工師としてはフランヴェルジュの細やかな金細工に惹かれるものがある。だが、剣士としては飾り気のないシンプルな剣の、磨き抜かれた刀身に惹かれるものがあった。長年愛用しているのか、傭兵としてイセリアを訪れた時も確かこの長剣を腰にはいていたように思う。
「……ロイド」
 曇りなく硬質な光を放つ刀身を見詰めていれば、溜息のような呼び掛けとともに、剣を磨く男の手が止まった。ベルトから外されていた濃茶の鞘に刃は納められ、広げられている錆止めや拭い紙を押しのけるようにしてテーブルの上へと剣が乗せられる。
 剣の手入れをするのため、テーブルに対して椅子を平行に向けていたクラトスは、そのままゆっくりと顔だけをロイドに向き直した。髪の隙間から覗く赤い目には僅かに困惑の色が浮かんでいた。
「どうしたというのだ」
 言いたいことがあるのならはっきり言いなさい。
 相変わらずの父親口調で問うクラトスは、さっぱりと解らないという顔をしていた。
「心当たりはないのかよ」
 どうしたじゃないだろ、と不満を全面に押し出すように、あからさまに不機嫌を滲ませた声音でロイドは父親に返した。もだもだとシーツに皺をつくりながらベッドに胡座をかく。気が逸れていたお陰でわずかに薄らいでいた筈の腹部の痛みが、再び振り返してきたように感じる。ロイドは伸ばした利き手の掌で痛む臍の付近を乱暴に摩った。
 黙ったままこちらを見詰めていたクラトスは今度こそはっきりと溜息をつく。
「……無いな」
 眉間から目頭にかけての筋肉が引き攣ったのが解った。しれっと言い切る父親に、無いなじゃねえよ、とロイドは視線を合わせる。椅子に座ったまま腕を組むクラトスは、言い切りという形をとった割に、気まずそうに搗ち合った視線を逸らせた。無いんだったら何だよその態度。愚痴るように、しかし口の中でもごもごと呟くだけに押し止めて、ロイドはぼやいた。最も、相手は天使化を果たしている強化人間であり、数メートル範囲であればどんなに小さな音であろうとも拾い上げる事が出来るほどの聴力をもっているのだが。
「昨晩のことであれば、私に非はない」
 逸らした視線をテーブルに乗せられたままの剣に注いで、だから心当たりはないのだと、クラトスは言葉に滲ませる。
「じゃあ、俺一人が悪いってのかよ」
「では聞くが、私一人が悪いのか」
 ゆっくりと剣から戻された視線に、ロイドは詰まった。赤い目は相変わらず冷静そのもので、先刻見た折に浮かんでいた困惑も今はもう成りをひそめていた。別段喧嘩をしている訳でも無い。自分一人が意固地になっているだけであり、その感情の発信源といえば擦れ違いに対するただの焦りと気にしてほしいという子供じみた願いだと、少年は気付いていた。勝手に怒り、勝手に自滅していると自分に呆れながら、謝ろうとロイドは口を開きかけた。
「私にも拒絶する権利ぐらいある」
「だからって何も蹴らなくたっていいだろ!」
 腹! 叫んで、そうじゃないだろうと頭を抱える。違う、こんな事を言いたかったわけでは無い。
「じゃ、なくってさ」
「私は男だ」
「ならなんで俺の告白受けたんだよ!」
 なにこのタイミングでの性別主張、今更だろ! と大声を上げて、しまったと口を抑える。安い宿だ。そんなに壁も厚くない、もしかすれば今の台詞も宿中に響いたかもしれない。仲間達に二人の間のことは、未だ話していなかった。男同士だの血縁関係だのと色々問題もあるが、何より未だにロイド自身実感が持てていないということが仲間へ秘密にしている大きな一因となっていた。
「そうではない」
 案外真面目な顔をしてこちらを見るクラトスにロイドは少し口を閉ざして、クラトスの言葉を待った。彼は考えすぎる節がある。何か別の意図があって自らの性を上げたのかもしれない、と。
「私とて男だ、といったのだ」
 勝手に上下を決められるのは不公平だ。
「そのまんまの意味かよ!」
 顔をしかめて主張する父親に、ああそうか、とロイドは半ば自棄になって声を上げた。アドレナリンの分泌が多くなっているのか、腹部の痛みはもう感じない。
「じゃあ、もうあれだ。じゃんけんで決めよう、公平に!」
「じゃんけん……か」
「勝った方が上だからな」
 私はじゃんけんは苦手なのだ、と主張するクラトスに、負ける前から言い訳するな、と言い返して。ロイドは、じゃんけんの度、律儀にも毎回グーから順番にだしてくる父親を迎撃すべく、手の開閉を繰り返していた。


[ENDLESS……?]



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