■tos | ナノ
kus


 そっと、額に落とされた唇は、想像していたよりも随分と高い体温をしていた。屈められた長身は、軽いリップ音と共に離れ、クラトスの視界一杯に白い肌を持つ青髪の青年の姿が映った。吊り目がちな常盤色をした瞳を、僅かに微笑ませた長身のハーフエルフは、そのままゆっくりと身を屈ませて顔を寄せる。
「ユアン?」
 瞼に下ろされる接吻に、目を閉じて訝し気に問う。
 丈の短い蝋燭が、安宿の手狭な室内を仄かに照らしていた。スプリングの効いていないベッドに腰を掛けたクラトスは、瞼を離れ、そのまま頬へと寄せられる薄い唇を見詰めていた。
 返事は返ってこない。身を屈めていた男──ユアンは街に入るに至って、常の旅装を解き、周囲から目立たぬよう、薄手の青っぽいシャツに身を包んでいた。ほんの少し、寛げられた胸元で銀の鎖に繋ぎ止められたシルバーの指輪が、揺れる蝋明かりに照らされて、赤く光っている。シンプルながらも繊細で華奢な作りのそれは、男の指へ嵌めるには小さい。
「……ユアン?」
 頬から唇を離し、顎の下。支えるように添えていた手の平をユアンは外した。吐息の触れそうな程至近距離で、クラトスはもう一度問い掛ける。
 どうしたというのだ、と聞く声は小さい。夜中である。薄い壁は隣室の客の寝息をも耳に響かせる。自然と、声は潜められていた。
 困惑するクラトスの真正面に、ユアンが片膝をつく。
 腕を取られ、抵抗も無く眺める間に袖口のカフス釦が外された。シャツの長袖がたくし上げられ、白い腕が剥き出しになる。手首より、少し上の辺りに、再度顔が寄せられた。
「ユアン」
 今度は少し強く、咎める風に声を発する。
 軽く腕の内側に触れただけの唇は、触れるか触れないか微妙な距離を置いて移動し、強く掌に押し当てられると、漸く止まった。目だけで見上げてくる青年は、狩りを楽しむ猟犬がごとく、瞳の色を濃くしていた。室内が暗いせいだけではないだろう、と。漠然とそう思う。
「……クラトス」
 触れたまま、解るだろう、と含みを持たせた声音が鼓膜を揺らし、鳥肌が立つ。掌の窪みへと掛かる少し湿ったような吐息に、耳の後ろの毛がざわついた。今からはもう、随分と昔のように感じられる。殺伐とした空気と一抹の華やかさを併せ持つ時代の記憶から、当時流行っていた一つの詩歌が甦る。頬と瞼へ落とされたことが、意外であった。
「……なんのことだ」
 出した声は妙に掠れており、白々しい、と声を出した本人すらそう思った。まともに見返すことも出来ず、視線を僅かにぶれさせるクラトスへ、ユアンが測るように目を細める。
 不意に移動を始める唇は、掌から指の付け根、間接となぞり指先へと落とされる。生々しい音が室内へと響き、遂に騎士は顔を背けた。
 知らぬふりをする己へ、何かを説くわけでもなく名を呼ばうだけの青年に、クラトスは、己の嘘は見抜かれているのだろうと。そう感じていた。
 ただ、最後に触れられた指先が、妙に熱を持っているように熱く。そして不意に、口付けはなされなかったことに思い至って、騎士は、密かに苦笑を漏らした後。
 黙って。しかし冷静に、目の前の男の股間を蹴り上げたのだった。


[幕切]


back
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -