■tos | ナノ
認識は交わらない


*事後っぽい微注意




「誰も、彼女の代わりになどなりえない」
 明朗な声で淀みなく宣言をする男に、クラトスは黙って視線を向けた。それは、マーテル復活の儀式に対する批難なのか、はたまた事後というこの状況に対する皮肉なのか。彼には計り兼ねた。
 ウィルガイアに用意されたクラトスの部屋には、殆ど物がない。マナの灯によって浮かび上がる室内には、書き物をするための机と椅子、着替えを入れるためのクローゼットと、それから先程まで使用していたベッドしか存在していない。各部屋に備え付けられている脱衣所兼洗面所とその奥のバスルーム位には、生活の痕跡は残っているかもしれないが、生憎と今居る室内からそれを伺い知ることは出来ない。
 べとべとと汗で顔にへばり付く髪を掻き上げて、身を起こす。赤鳶色の髪が指に絡まった。
 仮に、皮肉だとするのであれば、代わりにもなれない自分は何だというのか。ふと浮かんだ思いにクラトスは、虚ろな目をした。ユアンは気にも止めることなく続けている。
「理由は簡単だ。彼女の代わりなど誰も求めていない」
 そんなことは知っている。決して声にはださず、心中で呟く。手を伸ばして床に落とされた服を拾い上げた。
 求められているのは、あくまでも彼女であり、しかし、その彼女はもういない。
 汚れたままの身体に服を着る気にもなれず、手にした服の皺をなぞる。床に脱ぎ捨てられ、放置されていた為か服には妙な皺がついていた。
 特に何を告げられるでもなく始まったこの関係に明確な形などない。ただ、ユアンが今だマーテルを思っていることは、一度も外されたことのない左手の指輪が無言の証明となっていた。煌々と明るいマナ灯のもと、指輪は銀の冷たい照り返しを放つ。
「解るか、クラトス」
 既に服を身に纏った青髪の青年は、ベッドに座ったまま床に足をつけている男に、解るか、と繰り返した。
「彼女の代わりになれるものなどいない」
 彼女は、唯一無二だ。
 目を向けることなく返した答えに、空気が動きユアンが頷いたらしいことが解る。次いで、そうだ、と肯定が返ってきた。
 薄暗い、どこか諦めにも似た感情が、身の内を支配した。


 常に声を押し殺し、そこに自分を存在させまいとする青年を、ユアンは見詰めていた。
 それは、物理的に声を発さない、というだけではない。己の意見を表に出さない。思うところがあろうとも、感情など無いかのように振る舞う。暗鬱とした暗い目は、いつ頃からか真っ直ぐと自分を見ることが無くなった。
 否──。
 いつからなのか、ユアンには検討がついていた。その行動の理由も、何とはなくだが解っていた。ただ、それを止める術や誤った認識を正す方法を、ユアンは知らない。
「誰も、彼女の代わりになどなりえない」
 ただ一言、違うのだと告げることが、こんなにも難しい。遠回しにしか語れない自分が歯痒い。
 ぼんやりとした様子のクラトスに、お前にもまた代わりなどいないのだと、伝わることを願いながら。ユアンは言葉を重ねた。


[幕切]


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