■tos | ナノ
流れるように鼓動をとめる


 惰性で息をしているようなものだと、そう感じていた。
 何も口にせず、目を閉じようと眠ることも無く。何処までも見通してしまう目に瞼を降ろし、必要以上に鋭敏な耳を塞ぐ。皮膚の表面へ触れるものへは只管鈍感になれるように祈りながら、魂を繋ぎとめる楔を誰かが抜き去ろうとするのを悪戯に夢想していた。
 赤茶けた中途半端な長さの髪へ何かが絡まり耳の少し上の皮膚が僅かに引っ張られる。ついで、良く聞きなれた──だが何処か高揚の残滓らしきものの残った──男の声が、眠ったのかと小さく潜めるように問うのをクラトスは可笑しく思った。寝台の少し硬いシーツの上、身体を跨ぐように圧し掛かり肌を合わせた男は、幾ら梳いても裾の撥ねる赤みの強い髪を、手慰みに手櫛で整えているようだった。
 眠れるわけも無い。それは、男も知っているはずであった。
 それでは男の質問の意図は何なのか。男の指が、髪を摘むように挟み頬を指の背で撫ぜ降ろすのを感じながら、彼は考えていた。そのまま指は髪の先端まで顎の線へ沿って辿っていくと、顎先から首へ手の角度を変えて指の腹を這わせる。真っ直ぐに鎖骨へ向かって下ろされるのではなく、首の後ろへ回り込むように、指は滑り、項を人差し指の腹で撫でる部厚い手の平は、首の側面へ宛がわれたまま、男の高い体温をじんわりと伝えていた。
 ふいに、男の親指がするりと秀でた咽喉仏を掠め、クラトスは静かに息を吐いた。
 漸くかというじれったさと、成る程という感心。それから、何処か安堵とも似通った感情が胸のうちをひたひたと満たしていく。
 何時かはこうなるのだと、漠然と考えていた。覚悟であればとうに決めていた。自然と、ほんの微かにだが口元は弛み、閉じていた瞼から力が抜ける。唇を少し、歯が覗かない程度に開き、そろそろと息を吐く。
 直に咽喉へ掛かるであろう重みを待ちながら、クラトスは。
 小さく、まるで眠っている恋人を起こさないよう配慮されたかのように微かに。囁かれた愛へ、心中耳を塞いだ。


[続]

2013・5─拍手掲載


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