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THE SHIP.


その申し出に、幸福を感じた。




言葉を締めくくった少年に、クラトスはやや目を見張り、そして無意識の内に表情を和らげていた。是非、などと言えるはずもなく。自分自身への精一杯の譲歩として、考えておこう、と返す。少年の思い描く未来に己の姿がある、そのことは少なからずクラトスに歓喜を齎した。
希望の街ルインを北に望む丘。街道から僅かに逸れた小高い丘からは、美しいシノア湖に浮かぶ水の都ルインを一望することが出来る。船の出入りも有るその街を、ジッと眺めたまま語られた少年の夢は、彼が健やかに育ってきた証のようにも思えた。

(……いい夢だ。)

心中で繰り返し、少年の抱く夢を辿るように軽く目を伏せる。
平和になった世界を、自らの手掛けた船に乗って旅をする。おそらくその夢の中には、共に旅をしている仲間達全員の姿が有るのだろう。あの自称・エルフの姉弟も、世界を救った救世主となっているであろう衰退世界の神子も。イセリアの大聖堂で知り合った傭兵の姿も。少年の目指す未来に、確かに存在している。
常より僅かに強い風に吹かれて、赤みを帯びた長めの髪が横に流れた。丘の麓から上がった名を呼ぶ声に、隣に立っていた少年が大きく返事をして丘を駆け下りて行く。残される形となったクラトスは、伏せていた目を上げて、少年が熱心に見詰めていたルインをもう一度見遣った。
船舶というには少し小さめの船が、桟橋からゆっくり離れて行く。船から勢いよく排出された白い煙りは、軌跡のように跡を引いては風に掻かれて霧散していった。
目を凝らすと、桟橋の上に、出港した船に向かって懸命に手を振る母子の姿が見えた。800年もの長きにわたって衰退を続け、ディザイアンによって荒らされ続けるこのシルヴァラントに於いて、果たして船旅とはどれ程の危険を伴うものなのか。それを知らぬクラトスではない。

「……平和、か」

長らく船に手を振り続けていた母子が、手を繋いで桟橋を後にする。楽しそうに跳ね回る小さな子供と、子供が転ばぬように繋いだ手を握り直す母親。クラトスのくすんだ赤い瞳は、母親の顔までしっかりと捕らえていた。はしゃぐ子供を見守る母親の表情。
見えすぎる目を細めて、クラトスはシノア湖から延びる水の流れに視線を移した。それなりに幅のある川は、そのまま北へと流れていき海へ繋がっている。先程の船は、ルインを離れて既に湖から出ようとしていた。
身じろぎ一つせずに街を眺めていたクラトスに、少し離れたところから出発を知らせるリフィルの声が聞こえた。丘の上から見えたルインについて少年が語る声と、幼なじみ達がはしゃぐ声が響く。風に乱され視界の邪魔をする髪を手で軽く払うと、皆の元へ戻るべく、クラトスは静かに丘を後にした。


[幕切]



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