■tos | ナノ
君が残した忘れ物


 視界の端で揺れた銀のチェーンに、クラトスは思わず振り返っていた。
 少年が拾い上げた鎖の先には、鈍く朝の日差しを反射し、銀環がその存在を主張している。
「なんだこれ?」
 小さく揺れた焦げ茶の頭へ、クラトスは目を細める。
 多くは飾らず、だが丁寧な細工をされた指輪を遠目から確認して、彼は強く脳裏に刻まれ忘れようにも忘れられない言葉を──指輪の内側へと刻まれているであろう文字を──瞼の裏へと思い返す。
 ユアンからマーテルへ、誠の愛を誓い此処に贈る。
 古代エルフ文字によって、そう刻まれているはずだった。
 何度も目にしていた彼女の指輪を、見間違えるはずも無い。それが何故此処へあるのかとクラトスは自問しかけて、無意識に目を逸らそうとしていた己へ自嘲した。
 古代のエルフ文字は少年に判読できなかったのか、少年は手元でくるくると回して指輪を眺めた後、持ち主を探すかのように周囲を見渡していたが。結局は諦めたように頭を掻き、それをポケットへ突っ込んだ。
 嘗てはあれほど待ち望んでいたことだというのに、今はもう少しだけ待って欲しいと考えている自分に往生際が悪いと苦笑いし。同時に胸の辺りで広げた右手の腹を眺め、相変わらず間の悪い男だと、我ながら随分なことを呟く。
 手の平に残った感覚へ、妙な懐かしさと僅かな後悔を抱えつつ。
 クラトスは少年へ見咎められないよう、足早にその場を立ち去った。


[了]


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