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止血拒否の行進


「もう行け」
 目を伏せ、男はそう宣った。
 水鏡ユミルを抜けた先、ヘイムダールの奥深くトレントの森で、二人の男は対峙していた。僅かに顎を引き視線を逸らす男と対照的に、ユアンは真っ直ぐ男の表情を見詰める。
「クラトス」
 囁くように名を呼べば、男──クラトスは静かに顔を上げた。揺れる木漏れ日を受けて赤褐色の目は酷く落ち着いた光を放っている。
 落ち着いた、だが遠くへ向けられた目へ、見覚えがあるとユアンは冷静に考えていた。
 クラトスは何処か、死に安らぎを感じるようなところがあった。否、あの時代を生きたものは皆そうか、とユアンは一度瞼を降ろすと、直ぐに目を開きクラトスを見詰める。
 自分ではない他のものと道を歩むと彼は決めた。そして彼は彼自身でも自分でもないものに世界の行く末を託そうとしている。
 クラトスが選んだのは自分ではない。だが、だからこそ選べる道もあると、ユアンは内心呟いた。
「ひとつ、方法がある」
 怪訝そうにする男へ、ユアンは構わず続ける。
「だが、必ず成功するとも限らない」
 それでもいいか、とは問わなかった。良くないと言われたところでどうしようもない。他に良い方法も見つからなかったのだ。
「ユアン、何をするつもりだ」
 困惑するクラトスへ、ユアンは僅かに目を細めると無意識に胸元のチェーンへ触れる。
「彼女の時には、心をやった」
 彼女を想う心を、死に逝く彼女の共にした。
「お前に完全な心をやることはできん。だがお前には、彼女の時にはやれなかったもの、全てをくれてやる」
「ユアン」
 戸惑うように呟く男を、ユアンは素直に愛おしいと想う。
 指に絡めていたチェーンを解き、ユアンはクラトスへ一歩歩み寄った。
「お前に私のマナを分け与える」
「ユアン、それは──」
 赤褐色の目が見開かれ、彼の口が全て言うよりも先に、ユアンは遮るように言葉を紡いでいた。
「救えないぐらいならば。クラトス、私はお前と共に死のう」
 瞠目した赤褐色の瞳は、戸惑うように揺れる。沈黙は暫しの間続いたが、やがて根負けしたようにクラトスは唇を解くと、そうか、とだけ零した。
 ユアンはその一言を聞き届け、静かに男の傍らへ寄ると。労るかのように、それでいて強くクラトスを抱き締め、直ぐに身体を離した。
「本当に、全てを丸投げにしてしまうな」
 自嘲と共にクラトスは吐き出し、ユアンは今更だと首を振る。
「いつの世であろうと、未来を創るのは子供達だ。今の我々に出来ることは歴史に幕を降ろしてやることだけだろう」
 それは我々にしか出来ないことでもあると、嘯けば。クラトスは、まるで休息にでもつこうとするような穏やかな顔で、微かに笑んだのだった。


[了]


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