■tos | ナノ
笑いあう夢を見た


 酷く、幸せな夢を見た気がした。
 寝台の上で目を覚ましたクラトスは身を起こさないまま、胸の奥へ残った温もりを手繰り寄せるように、鎖骨から裸の胸部にかけて静かに撫ぜた。心臓の近くで少し手を止め、その温かさと規則正しい拍動を感じ取る。
「……どうした」
 クラトスが動き出したせいで目を覚ましてしまったのか、或いは元より眠ってなどいなかったのか。同じ寝台へ寝転がる男が上体を起こし、静かに声を掛けてくる。
 灯りの落とされたクラトスの部屋は、殺風景であることも相俟って、閑散とした印象を人に与えた。男──ユアンが手を伸ばし、ナイトテーブルの上のライトをつける。淡い暖色の光がつき、クラトスは眩しさから目を細めた。
「泣いていたのか」
 人差し指の背で左目の目尻から目頭へと拭われ、クラトスは確かめるように反対側の目を擦る。まだ体温を残した水滴が指を濡らし、それがユアンの指摘したとおり涙であると気付くのに、彼は数瞬を要した。
「……まだ涙がでたとはな」
 苦笑したクラトスへ、少しばかり眉を寄せたユアンは。しかし考えるように一端口を閉ざして、クラトスの髪を手櫛で整えるように梳かした。
 涙が流れていたのか水分を含んで頬へ張り付いていた髪が退けられ、クラトスは小声で、ユアンへ感謝を述べ、一度目を閉じる。
「……クラトス」
 まるで気遣うような声へ、この男はこんな声も出せたのだと、クラトスは頭の隅で考えた。
 閉ざしていた目を開き、此方を覗き込む男を見上げる。暖かい光へ照らされた男の引き締まった身体は、本来ならば己と共にあるものではない。瞼の裏へ、一瞬夢の残骸がちらついた。
「どうしたのだ」
 もう一度掛けられた声へ、クラトスは緩く頭を振る。
「昔の夢を見たのだ」
 安宿で四人身を寄せ合って眠ったこと。酒の席での他愛ない問いかけ。くだらない理由から繰り返した口論。暖かい日差しの下、四人で笑い合いながら食べた昼食。
 守ることの叶わなかった優しい夢は、クラトスの胸を浅く刺し、だが決して抜けない棘のように苛む。
 そうか、とだけ搾り出すように返したユアンは、クラトスの身体へ腕を回すと。まるで痛みを共に抱え込むかのように、強く抱き締めた。


[了]


back
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -