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一人その場に残されて


「あーあ、破れちゃった」
 破れたポイと水だけ入った椀を交互に確かめて、ミトスが小さく頬を膨らませた。
「そもそも捕ったところで飼えんだろう」
 後ろからミトスの手元を覗いていたユアンは、半眼になりながら呆れ声を上げる。
 大陸は東方シルヴァラント領。村の夏祭りと偶々滞在時期があい、四人は日の暮れた村の中をぶらついては、目に付いた出店を冷やかして回っていた。
 中でも、水の入った大きな盥へ、目にも鮮やかな赤く小さな魚たちが自由に泳ぎまわる様は、まだ子供っぽさの抜けないミトスには酷く魅力的に見えたようだった。
「飼おうと思ってるわけじゃないよ」
 捕まえることに意義があるの、と盥の前へしゃがんだままミトスが振り返り、ユアンは愈々呆れたようにミトスをみやる。
「それで、出店の親父に金だけ落として金魚は返すわけか」
 意地悪く聞いてやればミトスは益々頬を膨らませ、ユアンの側に立っていた男へと手を伸ばす。
「ね、クラトスやってみてよ」
 自分の敬愛する師匠であれば、なんでもできると妄信しているのか。ミトスはクラトスを己の直ぐ隣りへ引っ張って座らせると、三枚組みだったポイの、残った一枚を男の手に押し付けた。
「いや、ミトス。私は」
 困惑したようにミトスへとポイを返そうとするクラトスに、ミトスは反論の声すら封じるかのように期待の眼差しを向ける。思わず言葉に詰ったような顔をしたクラトスへ、ユアンはひとつ溜息を吐くと。
「どいてみろ」
 クラトスの手からつい、とポイを抜き取った。心なしかほっとした顔をした男は、腰を上げてユアンへと場所を譲る。
「この遊びには少しコツがあるのだ」
 そういって、ユアンはポイを一度くるりと回し確認をするとミトスの前へ浮かせてあった椀を引き寄せ、小さめの魚を一匹、さっと椀の中へと掬い入れた。
「あっ」
 驚いたように声を上げたミトスへ、ユアンは少し気を良くしたように一瞥向け、もう一匹、表面を泳いできた金魚を掬う。
「器用なものだな」
 ほう、と背後から覗き込んでいたクラトスが声を掛け、ユアンは軽くポイを指した。
「こいつにも裏と表がある。紙を貼り付けているほうを上に向けてやらねば直に破れるぞ」
 そうなの、とミトスを挟んだ向こうへしゃがんで見ていたマーテルが小首を傾げ、ユアンはああ、と頷き小さい一匹を示した。
「裏面で掬おうとすれば水の重さだけでポイが抜ける。それから、水の中で長くポイを動かさなくて済むように魚が自分の付近、それも水面近くまで近寄ってきたところを狙うのもコツだ」
 講釈をしながら、ユアンは泳いできた金魚を掬い上げ椀に入れて見せる。
「ポイに乗せるのは魚の頭か側面だ。掬い上げたときに尻尾でポイを破られることがあるからな。追いかける形で掬うと良くこれで破られる」
 自分の付近へきた魚を狙えというのはこの為でもあるな、と喋りながらポイを一度回転させて水を流す。
「それから、掬うときも水へつけるときも、ポイへ水の負荷が掛からないように斜めに動かすことだ」
 こう、と手本を見せるように数匹続けて掬い、椀へ放り込むと、もう一度くるりとポイから水を切る。
「そういえば、ポイを一部だけつけるというのも辞めておけ、濡れている箇所と濡れていない箇所の境目が弱くなるからな」
 お前は先程やらかしていたが、とミトスの方を見遣って、ユアンは固まった。
 丁度先程ミトスがしゃがんでいたところへしゃがむ子供は、ユアンの椀を熱心に眺めていたようだった。ゆっくりと周囲を見回せば、盥の側へ金髪の子供も若葉色の髪の娘もいなければ、赤褐色の髪をした長身の男も見当たらず。人混みに紛れてちらちらと、見覚えのある頭が三つ見えるだけだった。
 おっちゃん上手いね、と目を輝かせる子供に掬った魚を譲ってやり、にこにこと人の良さそうな顔で笑ったままの出店の親父へポイを返す。
 ユアンは内心の動揺を──誰に隠しているというわけでもないが──悟られぬよう敢えてゆっくり腰を上げ、盥の側を後にした。勤めて自然な動作で、少し離れた店でかき氷を頬張っていた三人を確認し、人混みをすり抜けて氷屋の前まで辿り着くと。
 三人へ足早に近付くなり、置いていく奴があるかと、ぺしりと一番傍に立っていたクラトスの尻を叩いたのだった。


[了]


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