崩壊前の静穏
ただ、穏やかな日々を過ごしていた。
静かなものだと内心ひとりごち、ユアンはひとつ息をついた。
「ユアン」
「なんだ」
もう随分と長い付き合いに思える男の呼び声へ、彼は少しばかり気の抜けた返事を返す。男はそれを特に気にしたようすも見せず、一瞬間を置くと口を開いた。
「此処のところ──」
ぽろりと隣りから漏らされた言葉へ、ユアンは思わず肩を揺らす。
「おい、よせ」
それ以上は言うなと牽制したユアンへ、男──クラトスは目を瞬かせる。
「どうした」
小首でも傾げそうなクラトスの様子へ、一度黙って首を横に振ると、ユアンは口を開いた。
「こういうものは口にすれば直に破られる」
そういうものだ、と断言すれば。
「どういうものだ、それは」
と、クラトスは何か難しいものでも見たような顔をした。
「兎に角、今お前が言いかけたことを口にするな」
いいな、ともう一度念を押したユアンは。だが出際に、妙にそわそわしていたミトスのようすを思い返し。直に破られるであろう静寂を思ってひっそりと溜息を飲み下したのだった。
[了]