聞こえない振りを
薄々、気付いてはいた。
こちらを見詰める時の目や時折見せる表情、言葉回しの変化は、こちらへ向ける感情──或いは好意というものをはっきりと露呈させ。それらから、ユアン・カーフェイは目を逸らし続けていた。
暗い室内へは夜の空気が密集している。
静謐さの中で殆ど身動きもしないまま、だが静かにユアンの背中を見詰める存在へ、彼は意識だけを其方へ向けていた。
その視線は、ぼんやりと、だが穏やかなものだった。
何を伝えるでもなければ、何かしら行動を起こすわけでもない。その視線に恋慕の情が篭もっていると気付いたのは、マーテルと付き合い始めたときだった。
マーテルと見詰め合ったとき、或いは彼女の視線に気付いたとき、ユアンは既視感に襲われた。
「案外辛いものだな」
小さくそういって、仕方が無いとでもいうように潜めた声で笑う男は、だが決してユアンへと言葉を掛けることは無い。気付かれていることに気付いていないような──そして気付かせるつもりも、伝えるつもりもないような──男の雰囲気を、彼は感じ取っていた。
答えられる筈がない。
まいて、初めから全てを諦めている男に、何も伝えられる言葉など無い。
だからユアンは、もう一度硬く目を閉ざし、背中で視線を受け止めながらも。何も聞こえない振りをした。
[了]