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薄氷一枚の向こう


「知っているか」
 ユアン、と呼ばう声に、男は顔を上げた。
「ヒトとエルフの遺伝子の差は、数パーセントにも満たないのだ」
 ぼんやりと、椅子へ腰掛けて窓の外を眺めていたユアンへクラトスが囁く。
「その極僅かな差がヒトとエルフを別のものたらしめ、その間を埋めた狭間のものを追い立てたのだとすれば、それは酷く薄い壁だとは思わんか」
 歩み寄り、座るユアンへ覆いかぶさるようにクラトスが椅子の背に手を突くと、ユアンは彼を何処か可笑しそうに見上げた。
「相手のことは透けて見えているというのに、だ」
 喋るクラトスよりも少し体温の高い手が伸ばされ、頬を撫でてくる。
「……薄氷の壁だな」
 応えながら触れてくる手は、武器を持つ硬い手をしている。だが、この手が存外やさしく触れることをクラトスは知っていた。
「溶かせるのは互いの体温だけだ」
 顔を寄せ合い。椅子の背を掴んでいたクラトスの手が、ユアンの肩へ添えられる。
「クラトス、お前は。氷を溶かせるか?」
 眼前の緑青色の目がふと細められ問いかけられた言葉に、クラトスは一瞬瞠目し、ついで微笑した。
「今日は随分と詩人だな」
「……その言葉そっくりお前に返してやろう」
 己の熱を移すように、反論を塞ぐように。クラトスは唇を触れ合わせた。


[了]


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