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一瞥もくれず


 慣れない服に着心地悪く身動ぎをしたユアンは、随分前から目すら合わせようとしない男へ苛々していた。
 街へ入る為のカモフラージュとして街道沿いの宿で出会った商隊へ四人──否、ユアンとクラトス──は剣の腕を売り込み、そのまま変装して目的の街へ紛れ込んでいた。
 商隊の人間から紹介された宿に部屋を確保し、今は旅装を解いて人心地つき、姉弟に到っては街へ繰り出している。戦地から離れている為か、ユアンからすれば街は随分と平和ボケしているように思えた。
 だが、それよりもとユアンは眉を寄せる。
「おい、クラトス」
 露骨に避ける同室の男へ、彼は苛立ちのまま声を上げた。
「なんだ」
 手持ち無沙汰そうに腕を組み、目を閉じていた男は、それでも此方を見ようともしない。
「いい加減にしろ。貴様昼から一度たりとも此方を見ないではないか」
 何かあるならばはっきり言え、と言外に含み睨みやる。普段から睨もうが怒鳴ろうが動じることなく平然と涼しい顔のクラトスへ、睨んだところでどうなるわけでもないが、半日ほど生返事と無視をされ続けていたユアンは睨まずにはいられなかった。
 思いの外、居心地悪そうに身動ぎをしたクラトスは、やはり視線は此方へ向けずにそっと、白い指を伸ばした。
「……開いている」
 低い位置で伸ばされた指先を視線で辿り、ユアンは首を俯けると。無言のまま、勢い良くジッパーを引っ張り上げた。
 静かな室内へ、ジャッ、と何処と無く間の抜けた音が響く。
「……お前、気付いていたのならもっと早く言え」
 妙に気まずそうな顔をしたクラトスは、やはり此方へ一瞥もくれることなく。小さく、すまん、と返してきた。


[了]


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