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頼むから黙れ


 二人は、並んで暖炉へ入れた火に当たっていた。
 小さな山小屋だった。近くに山賊が出るという噂から廃棄されてしまったらしい小屋は、あまり手入れがされておらず、人の気配も無い。半分破れた屋根から雨粒が漏れ、濡れないように人影は屋根の残る暖炉の前へ身を寄せていた。
 山賊退治の帰りだった。
 一行が立ち寄った村に宿は無く、素通りするところだった四人を、引き止めたのは村の長であった。面倒なことになりそうだとユアンは眉を潜めるも、俄かに曇り始めた空へ一行は長の提案を受け入れたのだった。
 その夜、彼の懸念どおり、長は四人の泊まる部屋へ赴くと、数日間の宿のかわりに山賊を討ってほしいと彼らに依頼してきたのだった。
 ユアンは山賊から回収した首飾り──殺されたという長の孫娘の遺品だろう、村長の話と特徴が合っていた──を押し込んだ荷袋を眺め、そっと息を吐く。
「どうした」
 隣りで火を見詰めていた男がふと顔を上げた。
 其方をできるだけ見ないように視線を傍らのログラックへと投げ、ユアンは口を開く。
「いつになったら乾くかと思っていただけだ」
 二人ともずぶ濡れだった。
 雨に晒されていた金属製のログラックは、残っていた薪を捨てられ、今は暖炉の側で二人分の濡れた服を掛けられている。
 濡れて使い物にならない薪の変わりに、砂と埃の積もったテーブルとその上へ積み上げてあった椅子の幾つかを壊して火に焼べた。ついでに比較的痛みの少ない椅子を二脚選び出し、暖炉の前へ並べて腰を下ろしている。
 濡れた服を脱ぎ、火にあたったことで寒さは大分和らいだものの、それでも身体が冷え切っていることは変わらず。荷袋の中、辛うじて濡れていなかった毛布を引っ張り出し、身を寄せて二人は包まっていた。
「薪が無くなるまでに乾けばいいがな」
 ユアンの視線を追ってかログラックへ視線をやった隣りの男──クラトスは、だがさして問題でもないかのように呟いた。なんとも暢気に聞こえるその言葉に、ユアンはやや呆れて声を出した。
「乾いてもらわねば困る」
「……そうだな」
 ひとつ間を置いて言葉を返したクラトスは、寒気がしたのか一度身を震わせると、巻き込むようにして被っていた毛布の端を身体へ巻きつけなおした。
 服を着ていない互いの太腿の辺りが僅かに触れ、その冷たさにぞっとする。
「おい、冷たいぞ」
「すまん」
 少し身動ぎをし身を離したクラトスの横顔へ、ユアンは苦い顔をして逡巡した。
 雨に濡れたのはお互いそうだが、装備の上から黒い外套を羽織っているユアンとは違い、クラトスはあのぴったりとした服がそのまま雨に濡れたのだ。思っていたよりも体力を消耗しているのかもしれない。
 表情を硬くしたユアンは、毛布の下で腕を伸ばし、クラトスの肩へ触れた。驚いたように肩を強張らせたクラトスを、そのまま己の方へ引き寄せる。
「隙間が寒い、もう少し寄れ」
 冷え切った肌が触れ、ぞわりと悪寒が走る。
 身震いしそうになるのをやり過ごし、クラトスを抱き寄せるように肩を腕を回して毛布を巻きなおすと、クラトスはユアンの意図に気がついたのか、軽く目を閉じて口元に笑みを刷いた。
「……お前は温かいな、ユアン」
「いいから黙っていろ」
 頼むから何も喋ってくれるなと内心請いながら。
 妙に速まる拍動に、ユアンは声に出さぬまま、身体が冷えたせいだと誰にするでもない言い訳をした。


[了]


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