■tos | ナノ
瞑目したまま


 水鏡と呼ばれる森の手前。暗闇の中、揺れる焚き火の前に幾つかの人影があった。
 火の番をしていたユアンは微かに鼓膜を揺らす草を踏む音へ顔を上げ、そこに立つ男の姿を認めると、少し身体をずらして場所を空ける。
 無言のまま其処へ腰を下ろした男は、火に当たりながら寄り添って眠る姉弟を、目を細め眺めていた。
 ユアンは火に照らされた男の静かな横顔を暫し見詰めて、ぱちぱちと音を立てて燃える火へそっと視線を戻す。
「こんなところまで態々来るぐらいならば里へ入ればよかったのだ」
 ぽつりと漏らした言葉を、男の形の良い耳は拾い上げたようだった。
 二人を起こさないように配慮してか無言のままの男は、布擦れの音も立てずに此方へ視線を寄越す。
「オリジンと契約の際には里へ入ったというのに、今更怖気ずくとはな」
 潜めた声で早口に言えば、無言で聞いていた男がそっと口を開いた。
「族長には、里にいた時に世話になったと聞いている」
「では自分たちの代理としてお前を遣るべきではなかったな」
 男──クラトスの目は、火に照らされていながらも温度を感じさせない静かな光を湛えていた。恐らくは今日里の中であったことを思い返しているのだろう、赤みの強い目を伏せ何処か遠くを見るような顔だった。
「世話になったからこそ、入れなかったのだろう。ヘイムダールの掟に変わりはない。里を騒がせたくなかったのだ」
 今日だけは、と付け加える静かな声を聞きながら、ユアンは身を寄せ合って眠る二人を見遣った。薄いベッドロールを敷き、毛布に丸まって眠っている姉弟は、始めてあった頃から考えれば随分と旅慣れ、精神的にも逞しくなったような気がする。
「戦を理由に幼子を追い出しておきながら、当の戦が収まるまで何もせずただ時間だけを無駄に消費していた連中だ。何を言われようと堂々としていればいい」
 奴らに貶められるような理由など何一つ無い、とユアンは呟くように、だがはっきりと言い切った。
「本当に、馬鹿な連中だ」
 溜息のように静かに吐き出す。
「あの子たちなりに族長を思ってのことだろう」
「死者の為か、違うな。里の連中が騒ぐのが怖いだけだ」
 郷里を追われた理由が失われた今、それでもまた拒絶されるのが怖い。少年の──或いは彼の姉の臆病さを、ユアンは正確に見抜いていた。
「葬儀というのは遺されたものが誰かの死を受け入れる為にするものだ。族長の為というのであれば、そんなものに参加する必要も無い。ただ目を瞑って人の死を受け入れたなら、後は心を残さないように少しずつ忘れてやればいい」
 こんな所まで来る必要は無かったのだ、と焚き火の中へ細い木の枝を放り込む。
「……ユアン」
 ゆっくりと考えるように瞼を降ろして、瞑目したまま囁かれたクラトスの声へ。合わせるように火が揺らめき、ユアンは思わずクラトスを見詰めていた。
「もし明日、ミトスたちが今日のことを後悔し、墓参りだけでも行きたいというのであれば」
「解っている」
 遮るように言って、ユアンは傍らの枯れ枝の山へ視線を落とすと、そこから手ごろな枝を一本手にとり、火の中へ投げ込んだ。
「明日も晴れればいいが」
 焚き火の煙を追うように夜空を見上げたクラトスが言う。
 ユアンもまた夜空を見上げると、そうだな、とだけ呟いた。


[了]


back
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -