■tos | ナノ
もう暫く、あと少しだけ


 ウィルガイアの空気はどうにも合わないと、クラトスは目を伏せた。
 アスカードのスラムへ建つバラックへ、二人は滞在していた。
 雨のスラム街はひっそりと静まり返っており、常人よりも優れた聴覚は、岩肌を叩く雨粒の音を拾う。
 周囲から浮かないよう掘っ立て小屋然とした外観の建物は、しかし室内へ一歩踏み入れるとしっかりとした作りであり、外観は周囲から浮かせないための偽装であると伺える。シルヴァラントにあるユアンの隠れ家のひとつだった。
 ウィルガイアに用意されている部屋とは違い、華美ではなく落ち着いた雰囲気の内装は、微かに聞こえる雨音とよく合っていた。
「私は、お前達とは違う。あの星を郷里とする血は、この身に流れていない」
 一滴たりとも、と己の手を眺めるクラトスを、ユアンが鼻で笑う。
「私とてデリス・カーラーンを郷里と思ったことなど、一度足りともない。あの死に絶えた星を希望とするのは現実から逃げ出し、己の肉体を否定する抜け殻だけだ」
 無感情に翼へぶら下げられた天使たちを思い出したのか、ユアンは不愉快そうに眉を潜めた。
 ユアンの表情へ、そうか、と呟いたクラトスは腰掛けていたソファーへ凭れ掛かり天井を見上げる。抜け殻と評したユアンの言葉へ、クラトスは妙に納得していた。
 心を失った天使たちで周囲を固め、天使たちの頂点に君臨する少年は、果たしてデリス・カーラーンの異常性に気がついているのだろうか。
 デリス・カーラーンは生き物の気配がしない。無機質な死の匂いは、クラトスの精神をじわじわと疲弊させていた。
「……少し休め」
 ソファーへ肩膝を乗せ、手の平でクラトスの視界を覆ったユアンへ、クラトスはふと目元を緩める。
「そうだな、せめて雨が止むまでは」
 もう少し此処へ、そこまで呟いたクラトスの唇へ、労るようにそっと、口付けが落とされた。


[了]


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