■tos | ナノ
息をするたび溺れゆく


「誰かを好きになるというのも苦しいものだな、クラトスよ」
「……そうだな。服を着たまま泳ぐ感覚に近いものがある」
 返せば、ユアンはテーブル越しに興味深そうな顔をして此方を見ていた。
「水を孕んだ服のせいで思うようには動けず、苦しさに呼吸するほど水を飲み込み、次第に溺れていく」
 だが、とクラトスは言葉を重ねた。
「恋愛と溺れることの違いは、愛は与えられる苦しさすらも受け入れてしまうものだということだな」
 淡々と続けて、クラトスはいやに静かだとユアンを見遣る。
 向かいへ陣取っていたユアンは、口元まで運びかけていたロックグラスもそのままに何処か呆気に取られたような顔をしてまじまじとクラトスを見ていた。
「どうした」
 ユアンの様子へ少しばかり居心地の悪さを感じてクラトスが訊ねれば、ユアンはいや、と小さく呟く。
「お前でもそこまで深く想う相手がいたのかと考えると妙な感じだ。お前はそういったことに関しては疎そうだからな」
「失礼な男だ」
 不愉快そうに眉を顰めたクラトスは、そう目の前の男へ言い放つと手元のグラスをあおった。
 随分酔っているとは自覚していた。悪酔いしているとも。
 今のは決して過去の話ではない、声に出さず呟いた言葉は胸の底へと沈みこみ。その重さに彼は内心自嘲すると、酔い潰れたとでも思われればいいと願いながら、静かに瞑目した。


[了]


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