■tos | ナノ
気付いた瞬間の失恋


「どうしたのだ」
 ミトス、と隣りで夕飯作りの手伝いをする少年へ呼びかければ。
 むくれたような顔をしてじゃがいもを潰していた少年は視線だけを上げてちらりとクラトスを見遣った。一瞬視線が合ったかと思えば、少年──ミトスはまた潰しかけのじゃがいもへ視線を戻し、口を尖らせるように結んだまま木のスプーンでじゃがいもを潰す。
 無視をするならばもっと上手くやる子だ、何か言いたいのだろうとクラトスが手を止め少年の言葉を待つと、ややあって言葉が纏まったのか、ミトスはゆっくりと口を開いた。
「ユアンがね、最近よく怒るの」
「あれが怒りっぽいのは前からだろう」
 反射的に返せば、そうなんだけど、と言ってミトスはちょっと口を閉じた。
「そうなんだけど、もっと踏み込んでくるっていうか」
 脱ぎ散らかしてほったらかしておいたパンツまで洗わせておきながら今更何をと、一月ほど前の出来事について追求しかけた言葉を飲み込み。クラトスは喋り始めたミトスに対し聞き役へ徹した。
「姉さままで巻き込むなとか、もっと周りのことを考えろとか」
 それは暗に問題を起こすなと言っているだけだろうと思ったが、まだ本題には入っていないように思われてクラトスは頷くだけにとどめた。
「それに、姉さまがね。ユアンって素敵ねって」
「なに?」
 突然の飛躍に、クラトスはついて行けず思わず聞き返す。
 ミトスはそれへ後押しされたように語気を強めた。
「あんなかみなり親父のどこがさって言っても、姉さまは笑うだけだし。最近よく二人だけで話してる」
「……そうか」
 厨房の天井を見上げ、煤けた天井を眺めて其処へ二人の姿を思い描く。仲睦まじくしているユアンとマーテルは何処となく似合いに思え、クラトスは微かに痛みのようなものを感じた。
「そうかじゃないよ、クラトス。どうしよう」
 スプーンを握ったままミトスの頭はすっかりと俯いていた。
 クラトスはミトスを落ち着かせるように彼の細い金髪を手をゆっくりと撫ぜながら、少年の泣きそうな声を頭の中で何度も繰り返し思い返した。
 どうしよう、か。
「ミトス」
 少し間を置いて名を呼べば、少年は返事をしないまでも耳を傾けたようだった。
「あの二人ならばお前に隠して付き合い始めるということはない。ユアンもあれでいて誠実な男だ。マーテルの唯一の肉親であるお前に、何も言わずにおくということもないだろう」
 項垂れる頭の旋毛の辺りを見ながら、クラトスは続けた。
「お前は聡い子だ。お前が何か感じ取ったのならば、二人の間に何かしらの変化があったのも確かだろう。だからお前は、報告を受けた時のために心の準備をしておくといい」
 時折しゃくりあげるように動く頭へ、直ぐに直ぐ受け入れてやれとは言わないと出来るだけ静かに付け足す。
「我侭を言える相手が増えたとでも思えばいい。振り回すだけ振り回してやってもいい。ただ、その後、少しずつでいいから受け入れてやりなさい」
 マーテルがお前の姉でなくなるわけではないのだ、と足してやれば、ミトスは漸く、うん、と小さな肯定を返した。
 クラトスは頷いたミトスの頭をもう一度撫で、ジクジクと痛む胸へ半ば驚きながら、己もまた心の準備が必要そうだと苦笑にも似た笑みを浮かべた。


[了]


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