雨が止むまでの停戦
落ちてきた雨粒は構えていた棒の先を、音を立てて濡らした。
今朝から曇りではあったが、とうとう降り出したかとクラトスは頭の片隅で思った。頭上には薄墨を刷いたような雲が重く圧し掛かり、直に雨脚は強くなることを知らしめている。棒先へ乗った雫を払い、滑り止めにと革を巻いた部分を握りなおしたクラトスは、正面へ立つ男へと意識を戻した。
男は利き腕へクラトスの持つ棒の二倍は長さのある棒を下げ、左手で庇をつくり空を仰ぎ見ている。男──ユアンはいつも身につけている黒い外套や具足を外してあり、動きやすさを重視してか白の鎧下姿だった。
「もう一雨来るな」
目を細め、ユアンが呟くのが聞こえ、クラトスは持っていた棒の先を下げた。
連日の長雨で四人はもう七日も足止めを喰らっていた。旅の途中で仕留めた鹿や兎の皮を鞣て売り払ったために懐には少々余裕があったものの、動きの取れない状態が続き少々身体は鈍り気味だった。
先程まで打ち合っていた棒──宿のログラックへ立てかけてあった、木製の折れた物干し竿──をくるりと逆手に持ち変える。クラトスもまた、ユアンと同じように外套などは外し、動きやすい紺のインナーウェアのみを身につけていた。
「ではここで切り上げるか」
クラトスの問いへ、ユアンは一瞬考え込んだようだった。
二人での手合わせは久々であった。
いつもであれば幾らも打ち合わないうちにミトスが嗅ぎつけ、クラトスへと剣の稽古を強請りはじめる為、手合わせはそのまま流れることとなる。四人行動の多い旅路で、今日のように別行動の時間が取れることは少ない。
ぱらぱらと、だが次第に次の水滴が落ちてくるまでの時が短くなる。
「ああ、二人に見つかれば煩くいわれるだろうからな」
従軍経験のある二人は少々の雨程度で体調を崩すことは先ず無いが、あの姉弟は畏らく止めに来ることだろう。全く面倒なことだとユアンが溜息を吐く。
「仕方あるまい」
クラトスは宿の二階、姉弟が泊まっている部屋を見上げる。まだ雨に気付いていないのか、部屋の窓は開いたままだった。
「あの子達にとって我々はテセアラのクラトスでもなければ、シルヴァラントのユアン・カーフェイでもないのだ」
はやめに窓を閉めるように伝えてやったほうがいいだろうと考えながら、クラトスは宿の裏口へ向かった。
「クラトス」
呼び止められクラトスは肩越しにユアンを振り返る。
先程の場所へ立ったままであったユアンはクラトスの赤褐色の目を暫し見詰め、ついで口の端を引き上げた。
「雨が止んだならもう一度だ」
にやりと笑みを浮かべたユアンは、クラトスの隣りまで歩を進めると、先に裏口の扉へと手をかけた。
「どうせあの二人のことだ、今日だけで部屋の片付けが終るとは思えん」
扉を開け、ちらりと階段のあるほうへ視線を投げたユアンへ、クラトスは微かに笑みを浮かべた。
[了]