うん、知ってた.




変に肌寒くて、目が覚めた。視界に映るのは、見慣れない天井。

…やっぱり見た事あるかも。
首を捻ってみれば、なんとなく模様替えはされているけれど、見覚えがある空間が広がっていた。

「嘘でしょ、、?」

慌てて布団を剥ぐ。

服は、着ていた。
ちょっとおめかしなワンピースにはシワが入ってしまっていたけれど、安心する。
肌寒さはベランダに続く窓が少し開いていたせいだった。よかった。

ベランダに目をやると、大きな背中がタバコをふかしているのが見えた。
タバコを吸う姿なんて見たことなかったけれど、あの背中は何度も見てきた。
あぁ、と確信する。二口の家だ。
きっと思ったよりもアルコールが回ってしまった結果、連れてきてくれたのだろう。

元々は恋人だったから、そんなに警戒心は湧かない。
カラカラと窓を開ける音が響く。

「起きんの遅ぇよ。」

「本当にこの度は申し訳ありませんでした…!」

すぐに謝れるのは、私の長所だと思う。



ーー話を聞けば、私の予想は当たっていた。座り込んで動かなくなった私を背負って、二口は自宅に戻ったのだと言う。私の今の家が、付き合っていた時と変わってないかはわからなかったからだと。まぁ、引っ越したんだけど。
幸いにも、吐いたり暴れたりはしていないようで、今までずっと眠りこけていたらしい。

「飲み方気を付けろよ。自分の適量くらい知っとけ。」

「…はい。」

飲み過ぎたのは、二口が居たからだ。
でも気をつけなければ、と初めてのお酒による失態を胸に刻む。

水を渡されて、乾いていた喉を潤すと二口は深い溜息をついた。

「なんでしょうか…?」

「お前もっと警戒心持てよ。状況わかってんのか?」

水貰って飲んでるだけでしょ?

「付き合ってもねー男の部屋に2人きり、なんスけど。」

ハンッ、と二口が鼻を鳴らす。
ムカついてる時によくやってたな、付き合ってた時も。

「二口は、無理強いしないでしょ。」

これは、確信があって言っている。
付き合ってた頃、ってさっきから、引きずってるなぁ、私。

ーー二十歳まではセックスはしない。
高校を卒業して、お互い就職して。一人暮らしを始めたから、どちらかの家に初めて泊まった時に私はそう言った。
就職したばかり、ヘタをして身篭るのは避けたかったし、単純にソレが怖かったのもある。
今思えば、性欲真っ盛りの男子高生上がりに酷なことを言ったと思う。
だけど、二口は付き合っている間、この約束は守ってくれたのだ。

これが根拠だ。二口も思い当たったのだろう、思いっきり眉根を寄せて、口を尖らせた。

「お前、昨日キスされそうになったこと忘れてんの」

「はぁっ!?」

ぐっと距離が縮められる。
ベッドの上、二口が覆い被さればすっぽりと影に収まる自分の体。
鼻をかすめるタバコの匂い。
水が入ったコップを持っている私は動けない。

ちゅ、とあざとい音が耳に届く。
唇のすぐ横に、軽い口付けが落とされた。

「昨日も言ったけど、俺。お前に未練タラタラだって。」

耳元でそうやって囁かれ、手元に入れていたちからが抜ける。

バシャ、

「…これはすまん、」

思いっきり首元に水がこぼれた。
ワンピースの襟も、髪もビチャビチャだ。

「ドライヤー、前と場所変わってねぇから。」

お言葉に甘えて洗面所へ向かう。
ドライヤーは、棚の中。
引き出しを引いて、ドライヤーはすぐに見つかった。
そして、その隣にあったものが目に入る。

基礎化粧品だけなら、二口が使っている可能性があった。
けれどーー。

ファンデーションに、リップ、マスカラ。
これをあの男が使うとは思えない。

「…なんだ、やっぱり。」

元カノだし、遊びとして手を出すのは簡単なんだろう。ツメが甘いところ、あの時と変わってない。

さっきまで煩かった心臓はすっと冷えた。
ドライヤーで髪を乾かしながら、今度は頬が濡れる。
ウォータープルーフのお陰で顔は崩れないのが救いだ。

少しだけ風力を弱めて、ゆっくりと髪に手櫛を通した。

乾かし終わってしまえば、二口とはもう二度と会うことは無いだろう。






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