こういう事、.




「っシラ切らなくていいよ、わかってるから。私と付き合ってた時、他に女の人いたってことくらい。」

諦めたようにそう言った。
チラリと二口の顔色を伺えば、据わった目。
先ほどまでとは全然違う目つきに、逆鱗に触れてしまったような気がした。

「は?本気で言ってんの、ソレ。」

「な、なんで二口が怒ってんの、」

怯みながらそう言えば、また二口の手に力が入る。
痛くない程度だけれど、振り解けない強さで。

「なんでわかんねぇの?好きな奴ができたなら、お前が幸せになれるならって思った俺が馬鹿だったわ。合コン行きまくって、早く他の女作ろうとするくらいにお前を引きずってる俺が浮気した?そんな訳あるかよ。」

矢継ぎ早に紡がれていく言葉は私にはうまく咀嚼できない。

「なに、どういう…」

どういう事、なにそれ、
そんな風な言葉は宙に消えた。
引き寄せられて近づいた顔。鼻先がぶつかる感覚。
ーーキスされる、と思って唇に力が入ったけれど、その予測は外れた。
すんでの所で止まった2人の動き。少しでも動けば触れてしまう距離にある口から、微かに漏れる息が、私の唇をくすぐる。
ぞくりと肌が粟立った。
そんな私の両肩を二口が軽く押せば、体制が立て直る。

「こういう事、」


あまりに突然の事で、立ち尽くす私を置いて。
二口は戻っていく。



那賀川さんが二次会の誘いにくるまで、私はそのまま動けなかった。



「二次会、行かないの?」

「はい、飲み過ぎちゃったので。」

「そう、気をつけて帰りなね。」

先輩はそこそこ楽しんでいたらしく、アッサリと見送ってくれた。
チラリ、と二次会集団に目をやれば、二口は先輩のお友達に囲まれている。少し高い位置にある腕に、綺麗にマニキュアで彩られた手が添えられていて。
満更でも無さそうなのが、なんだかモヤモヤした。

「俺、送っていこうか?」

「大丈夫ですよ、父が迎えに来てくれるので。」

嘘も方便。一人暮らしだし父はこないけれど、そうやって言えば大抵の男の人は引き下がってくれる。
那賀川さんはいい人そうだったけれど、彼氏と別れ、元カレにまで会ってしまった今、1人になりたかった。

「タクシー…いや、もう少し歩くか。」

出費はできるだけ減らしたいし、夜風が心地良いから、軽く歩いてからタクシーは拾おう。

歩を進めて、少ししたくらいにやけに早い足音が迫ってきた。

「馬鹿っ」

振り返れば、息を弾ませた二口が居て。

「なんで、」

「なんでじゃねーよ!あぶねーだろーが、酒入った状態で女が一人で歩いて帰るとかっ」

いやいや、少しくらい大丈夫でしょ。
数十メートル歩いたらタクシー拾おうと思ってたし。

「…二口には関係無いでしょ、二次会行けば」

「ほんと可愛くねぇ」

素直になれなくて、甘え下手で。
ヒールが苦手で、バレイシューズしか履けない。
可愛くないのは私が一番わかってる。
ピンクベージュのハイヒールを履く人は、二口に頻繁にメールを送ってきていたあの人は、きっと可愛いんだろうけど。

「…ハァ、送る。」

二口がついた溜息にまた沈む。
体が重くなって、動けなくなる。

「ちょ、っおい!…名前!!」

ぐるぐるとした思考が体まで伝ったからだろうか、目眩がしてーーそこから、







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