わかってるから.
「二口…」
久しぶりに口にした名前は口に馴染まない。 最後にあった時よりも短く切りそろえられた髪によって曝け出された整った顔は、少し大人びていた。
「よっ、合コンマスター!」
「うるせぇっすよ!主役が遅れて登場したからって、はしゃがないでください。あ、二口堅治です! 今日はよろしくお願いしまーす。」
憎まれ口も相変わらずだ。 二口は、そのまま空いていた私の斜め前に腰掛ける。
「名字さん、もしかして知り合い?」
「あ、同級生…かも」
茫然と二口を見つめていると、視線が交わった。
「…こんばんは」
「二口っ、お前伊達工だったよな?」
「そーっすけど、」
「名字さんも伊達工なんだってよ。21歳…ってことは同じ学年じゃね?」
私の向かいに座っている方…那賀川さんが二口に話を振ると、二口は貼り付けたような笑みを浮かべてこっちに向き直った。
「へぇ、そうなんすね。…俺、男とばっかつるんでたんで、女子あんま覚えてなくて。」
ごめんねと白々しく言うけれど、絶対に嘘だ。 仮にも、一昨年まで付き合っていた元カノのことを忘れる訳がない。 …いや、忘れたフリしたいくらいには、私のことはどうでもいいのか。
「大丈夫だよ、私あんまり目立つタイプじゃなかったし。あ、二口君、お酒頼んだ?」
「…まだ。」
「私、丁度グラス空いたから一緒に頼んでもらってもいいかな?焼酎ロックで。」
「お、名字さん飲むねぇ」
「お酒大好きなんですよ〜」
2杯目の焼酎を飲み終える頃には席替えが行われて、二口が先輩のお友達にロックオンされているのが離れた席から見えた。 なんだか、それが目に入ると癪に触って、またグラスをあおる。
ロックオン、寡黙な友人を思い出す。 今思えば、何だったんだろうあの癖。ふわふわとした頭で考えてもよくわからない。
最初の生ビール、そこから焼酎2杯、飽きてからのカクテル。…お酒が進みすぎたな、トイレも近くなってきた。
席を抜け出して、用を足し終える。 頬の火照りを覚ましたくて通路のベンチに腰掛けると、隣に誰かが座った。
「好きな人できたんじゃなかったっけ?」
長い足を組みながら、若干毒気を孕んだような冷たい言い方で、二口が尋ねてきた。 きっと、別れ際に私が言った好きな人が出来た、という建前の別れ文句に対する疑問。
「…別れたの。」
一昨日ね。 一昨日彼氏と別れて、合コンに連れて行かれれば一昨年まで付き合っていた元カレに会う…なんて、皮肉な話だな。
「ふーん、なんで。」
「浮気されたから。」
ピンクベージュのハイヒールが頭をよぎる。 二口は、眉を思いっきり顰めて、いかにも不快ですというような顔をした。
「はぁ?俺、そんなしょうもねぇ男に負けて振られたわけ?」
しょうもねぇ奴、ね。
「…二口だって、」
「俺だって何?」
「…ごめん、なんでもない。一人で満足させられない女な私が悪いだけだよ。元カレは悪くない。」
浮気したのはあっちだけど、浮気されるような私にも非がある。 浮気されるの、初めてじゃないし。
「何言ってんの、お前」
微かに震えた声には、憤りが含まれていた。
「何?別に二口には関係ないでしょ。」
「…そーかもな。」
そうかもなじゃなくて、そうなんだよ。 ただの元カレと元カノで、今はもう他人なんだから。
「二口も…伊達工女子少なかったもんね。たまたま私だったんでしょ?もっといい人居ただろうし…仕方ないよね」
それでも、責めるような気持ちが湧いてしまう私は身勝手だと思う。一昨日まで付き合っていた彼にはこんな気持ち湧かなかったのに。 酔いが回ってきてるのかも、これ以上不用意なことを言わないように、立ち上がる。
「…どういう意味だよ」
歩みだそうとした足は動かなかった。
いや、動き出せなかった。掴まれた腕のせいで。 あぁ、二口に触れられるのなんて久しぶりなのに、骨張って平たい大きな手には嫌悪感の一つも沸かない。
「っシラ切らなくていいよ、わかってるから。私と付き合ってた時、他に女の人いたってことくらい。」
そう言った時、私の腕を掴む力が僅かに緩んだ気がした。
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