初めてのタバコ.




「…別れてほしい。」

呟くように言うから、一瞬聞き間違えかと思った。
涙を堪えるような思い詰めた表情に、まじか、と名前が本当に俺と別れたがっていることを知った。

「なに、この間言いすぎた事怒ってんの?」

「ううん、そうじゃなくて。」

「じゃあなんで…」

最近すれ違っているのはわかってた。
なんで?なんて聞かなくったって、わかっていたのに。ここが嫌だとか、不満だと言ってくれたならよかった。そしたら、つなぎ止めれると頭のどっかで思ってた。

「好きな人ができたの。」

そう言われて仕舞えば、繋ぎ止める事はできなくて。
ーーこれまでの関係の終わりを悟った。


成人式を迎えて、同級生のSNSには振り袖やスーツで旧友と並ぶ写真で溢れた。
同じ高校ってことは、当然その中に名前の姿を見つけることも簡単だということ。
振り袖に身を包み、きっとプロがやった髪と化粧。
華やかな姿に、この後に及んで綺麗だと思ってしまう自分にため息が出る。

「…全然、吹っ切れてねぇな、」

ダセェ。
当然のように、隣に居ると思っていたあいつが、今は画面越しで近況を知るくらいだ。

ムシャクシャした頭を掻きむしり、酒で流し込むかと思うけれど、仲間内の同窓会で飲んだ後だ。
まだ成人して間もなく、酒には慣れてない。
それに、飲んだからと言って眠気が来るだけで、何かスカッとするとか、そんな都合がいい事は無いと知っている。

「ハァ〜…」

人伝に名前の新しい彼氏は歳上だと聞いた。
俺のガキっぽさのせいで、歳上に憧れたんじゃないかなんて、茶化されたけど、
本当にそうかもな、なんて思う。

20歳の誕生日に、職場の人から貰ったタバコを取り出す。
その時貰った少し年季の入ったジッポライターと一緒に、棚にしまいっぱなしだったのは、一応スポーツマンとして心肺機能には気を使うべきだと思っていたから。

つーか、灰皿ねーし。
ジッポとタバコを持って、アパートからすぐのコンビニに歩く。

夜更けでも明るく灯る店の脇で、鈍色に光る灰皿に向け、タバコに火をつけると何故か悪いことをしているみたいな気持ちになる。

大して吸い方も知らないそれを咥えてみる。
息を吸い込んだと思ったらーー

「ウェッ!ゴホッ…!!」

激しくむせた。
なんだこれ!?まっず!!!!
止まらない咳と、目に染みる煙のせいで、涙がボロボロと溢れる。

ほんとに俺、だせぇ。
酒はそんなに強くねぇし、タバコだって吸ってみればこのザマだ。ーー未練だって、タラタラで。

思いっきりタバコを灰皿に押しつけて、火を消しても涙は止まらなかった。



あれ以来、タバコは苦手意識が生まれて吸えてない。
それでも、飲みの席なんかじゃ吸った方が都合がいいこともあって、とりあえず電子タバコは吸えるようになった。

「…まっず、」

一睡もできなかった昨夜のせいで、完全に開かない目を擦る。
ずっと引きずっていた元カノに会って、そいつにベッドを明け渡して。
別れた時よりもずっと大人びた名前が綺麗で、遠く感じて寝込みにキスをする事さえできずにいる。

明け方、ベランダで電子タバコを咥えたのは、ムシャクシャする頭を落ち着かせるため。

吸って、吐いて。

「ハァ〜……、好きだ、」

めちゃくちゃ綺麗になってるし。
意外と酒強いのも、俺に会って同様してんの丸わかりなのも。
変わらず踵の低い靴を履いてんのも、可愛くない物言いもーー全部。

「可愛い、からムカつく…」

煙と共に本音が溢れる。
起きたら、名前はこの部屋を出ていくんだろう。
なら、もう少しだけ起きないでくれ。
ここにいてほしい、なんて言えるわけもなく。

「…嘘でしょ?」

背から聞こえる身動ぐ音と、名前の声に、ため息混じりの煙を吐いた。








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