今も変わらず.
「…つまり、俺が浮気したと思ったってこと?」
「うん。…でもっ、まぁ…私も悪かったし…」
ぐっと眉間のシワが寄る。 綺麗なアーモンド型の瞳は、眉根が寄ると鋭くなって威圧感を感じてしまう。 なんとなく謝ると、卓上にある私の手に、二口が大きな手を重ねた。
「いや、責めてる訳じゃねーから。…結論から言うけど、浮気はしてない。けど、お前にそうやって不安を与えたのは悪かった。」
「…ううん、私こそ、誤解してごめん。」
「その俺がホテル街に居た時って、8月らへん?」
「えっと、多分。別れたのも8月の終わりくらいだから…そうかも。」
やっぱり心あたりがあるのだろうか。 心の浮気はしてないけれど、体の浮気はしたということ?湧き上がってくる不安が顔に出てたのか、重なった手が、軽く握られる。
「それ、後輩の大会見に行った日。帰りにOBでメシ行くってなったんだけど、青根が迷子になってあの辺に行っちまったって聞いてよ。滑津と迎えに行ってた時だと思う。」
片手で二口がスマホを操作する。手が大きすぎるからか、スマホが相対的に小さく見えた。
「ほら、これ写真。」
画面を覗き込めば、黒のトラックパンツとキャップ、Tシャツを纏った二口と、懐かしい顔ぶれが並ぶ。 その中に、紅一点。 色素の薄いまっすぐな髪。柔らかな色をしたシフォンスカートと、白いブラウスを着ている舞ちゃんが居た。メンズライクなイメージの高校生だった頃とは正反対だけれど、よく似合っている。
「…っ!ほんとにごめんなさい!!」
「だから、謝んなって。後、その頃は確かに職場の先輩に言い寄られてて。彼女いないって勘違いされてたし、うまくあしらえてなかった。不安にさせて悪かった。」
「…うん。」
「まぁ、俺モテるからな。」
「今ので台無しだよ、ばか。」
少し暗くなりかけた空気が、二口の言葉で和らぐ。
「なんだ、勘違いだったんだ…」
ハァー、と大きく息を吐きながら机に突っ伏した。 軽く髪を引っ張られた感じがして首を軽く動かすと、二口が私の髪をくるくると捻って遊んでいるのがわかった。
「…そんで、彼女って何?」
「え?」
「彼女いるでしょって言ってただろ。てか、この間合コン行ってるヤツが彼女いる訳なくね?」
確かに。いや、でも…二口は見目が良い。すぐに見つけようと思えば見つかるはずだ。
「ドライヤーのとこ、化粧品あったから。」
「は?…あー…、あぁ!あれか。妹の。」
「妹…?」
「今、高校生の。この間泊まって置いてったやつだわ。会ったことなかったっけ?」
「あるけど、待って…」
勘違い続きで、穴があったら入りたい。 一人相撲を取ってたってこと? なんだか、今まで悩んでいたのがアホらしい。 突っ伏して髪で顔を覆ったけれど、二口がニヤニヤしているのがわかって悔しい。
「…顔見せろよ」
「今は嫌。」
「ブロック強すぎだろ」
二口が肘を持って、上体を起き上がらせようとする。 必死に抵抗するけれど、徐々に持ち上がっていく体。
「おら、ばんざーい」
抵抗も虚しく、開けていく視界には二口の笑顔があった。むかつく。 素直に万歳をすると、頭を撫でられた。 なんだか懐かしい触れ合いが、嬉しくて切ない。
「なぁ、女子少なかったからとか言ってたけど。」
「うん。」
「確かに間違ってない。」
「はぁ?!…そこは否定する流れじゃないの?」
ぽつりと二口が呟いた。 折角少しは良い感じになっていた空気を台無しにする発言に、思わず声を上げると、軽いチョップが降ってきた。
「最後まで聞けって。…そこそこ浅く付き合って、長くても高校までだと思ってた。でも、お前といるのが型にハマるっていうか…いつのまにかお前じゃないと駄目になってんだよ。」
二口の赤面は珍しい。 通常通りの余裕そうな顔が崩れれば、なんだかあどけなさを感じて、高校生の時の二口を思い出した。
「…なんか言えよ、」
「なんかって…二口が素直なの、なんか気持ち悪い。」
「こっの、ハァ…俺もあんとき程ガキじゃねーし、必死だからな、今。」
二口の筋肉質な体が近づく。大きな鎖骨が目の前にあって、それが呼吸に合わせて薄っすらと上下するのがわかるくらいの距離だ。 二口が長い息を吐いて、吸う。
「今も変わらず、名前のことが好きだ。」
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