話し合おうよ.




「…なぁ。俺ん家、くれば。」

「何言ってるの、彼女いるくせに。」

酔いがすっと覚めてしまって、慌てて断ると、二口は眉間にシワを寄せた。

「そんなに俺、信用ねーの?」

「っ、そういうわけじゃ…!」

「なら、決まりな。」

お会計は、二口がほとんどを払ってくれた。
自分の分は払うと言ったけれど、俺の方が食ってんだからの一点張りで。端数だけ頼む、というのは昔付き合ってた時にも私を折れさせる決まり文句としてよく使われていた。
助手席に座れば、二口が私をじっと見つめる。

「な、なに?」

「…本当に俺の家行くけど。断るなら今のうちにドーゾ。」

距離をつめられて、言葉に詰まる。
断るなら今のうち、というのはわかっている。
わかっているけれど、このまま離れてしまうのは名残惜しくて。このまま強引に連れて行ってくれれば困らなくて済むのに、なんて思う時点で答えは決まっている。

「いっこだけ、聞きたいんだけどっ!……その、手ださない?」

男性とお酒を飲んでそのまま家へ、なんて据え膳を差し出しているようなものだ。以前付き合っていたとしても、初めてでは無いにしても、二口とそういう流れになってしまうなら心の準備が足りない。前回もこんな感じで家に上がってしまっていたけれど、あの時はシラフでは無かったし…!

「なに、出してほしいの?」

意地悪な顔が、艶っぽくて。
思わず面食らうと、二口は吹き出した。

「バーカ、出すかよ。…お前に色々聞きたいことあるし、お前もそうだろ。」

聞きたいことは山積みだ。頷けば、二口は車を発進させる。窓の外に流れていく夜の景色が、私の胸に早鐘を打たせた。


暖かいお茶が入ったマグカップがローテーブルに二つ並ぶ。湯気が揺らぐのを見つめていると、二口が向かいに座った。

「聞きたいこと、なんだけど。合コンの時、”俺だって”って言ったろ。…あれ、どういう意味?」

「心当たりないの?」

「あったら聞かねぇよ。」

「…二口と付き合ってた時、」

付き合ってた時、そこそこ仲は良くて。
たまに二口の減らず口のせいで喧嘩することはあったけれど。
ちゃんと好きだったし、愛されていたと思う。

ただ、すれ違っていた時期だった。
高2の時から付き合って、長く続いていた方だから、お互いの存在が生活の一部として馴染んでいて。
言い換えれば、在って当たり前だと思っていた。

仕事が忙しくて、練習が忙しくて。友達との付き合いも大事だから。たまには仕事仲間との交流も。
時間がないっていうのはお互い言い訳だったと思う。
作ろうと思えば作れるのが時間だから。

あの日は、先輩に誘われてご飯に行った帰りだった。
先輩の行きつけのレストランは繁華街を抜けた所にあったから、ネオンが光る街並みを歩いていた。

「結構、お盛んだね。」

先輩がルーム料金が書かれた看板の前にちらほらといるカップル達を眺めながら言った。

「だめですよ、あんまり見たら…」

声を潜めながらそう言ったけれど、私もついつい目をやってしまう。自分の彼氏とは、こういう場所に来たことが無かったから。
きっと、目立つだろうしな…。
バレーをしている時は周りの身長も高いから馴染んでいるけど、普通に生活をしてる時は目を引く。

ほら、あの人みたいにーー
カップル達の中で、ずば抜けて背が高い男の人に目をやった。彼女が大きな体の影にすっぽりと隠れてしまっているくらいだ。黒いトラックパンツとキャップ、カジュアルなTシャツが細身ながらもたくましさを感じるスタイルの良さを引き立てていて。
後ろ姿だけでも、きっとかっこいいんだろうなとわかった。

好奇心からすれ違い様に見た横顔。

「うそ、」

あまりにも見覚えがあった。

歩いて、距離をとれた所で振り返る。

「…どうかした?」

「いや、なんでも…」

ネオンの中で、少し浮いているコンビニへとそのカップルは入っていった。
やっぱり、あの横顔は私の彼氏だ。
彼ごしに、色素の薄くてまっすぐとした長い髪が見えた。







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