危機管理.
恐る恐る、画面を見ればそこには久しぶりに見る名前が表示されていた。
「青根…?」
通話開始ボタンを押せば、もしもし、と控えめな声が電波に乗って耳に届く。
「どうしたの?」
寡黙な青根が電話をかけるのは珍しい。何かあったのだろうか、と言葉を促そうとするけれど、青根は何も言わない。
「もしかして、間違った?」 「…すまない。」
当たりのようだ。青根に何もないなら良かった。 いや私は絶賛ピンチなんだけど。 …そうだ!
「青根、今空いてたらでいいんだけど…ちょっとピンチで…」
事情を話すと、会社の場所を聞かれた。 高校からそんなに遠くないこの場所は、実家暮らしの青根ならそんなに時間はかからないだろう。 着いたら連絡をくれるそうなので、安心する。
青根が来てくれるなら大丈夫だ。青根は一見強面だから、一緒にあるけば彼も何も声をかけてこないだろう。安心したら力が抜けてお腹が空いた。 お昼休みにかったグミを鞄から取り出し、食べる。
グミが残り2つになった頃、青根からLINEが入った。
青根:会社の前。
慌てて荷物を持って降りていけば、そこには青根の姿は無かった。
「…よお、」 「青根は…?」 「俺じゃ不満かよ。…元彼ってアイツ?」
二口が目線をやる方向に、彼が立っている。 こちらに気づいたようで、視線があった。
「車、乗ってろ。」
二口は鍵を渡して、彼の方へと向かっていった。 言われた通り車に乗り込み、二口と彼が何か話すのを見る。 二口は、彼より頭ひとつ分くらい背が高く、ガタイもいい。辺りは暗がりだし、威圧感もすごい。 彼が去っていき、二口は車の運転席に乗った。
「一応、話はつけといた。送ってく。」
「…ありがとう。」
シートベルトをしようとするけれど、巻き込んで上手くできない。 二口が身を乗り出して、私の手を取ると。 カチャリ、という音と一緒にそのまま唇の端にキスをされた。
「なっ、ばかっ!!」
「男の趣味悪いお前の方がばーか。」
ベッ、と舌を出されれば、異論を唱える事はできなかった。憎たらしいその顔は、付き合ってた時から何度も見てきた表情。
「家までナビしろ。」
車が発進する。 運転席の横顔を見ながら、なんで二口は私にこんな風に接してくるんだろう。
私と付き合っていた時の浮気相手は? 洗面所におかれた化粧品は? きっと二口は女の人に不自由していないはずなのに。
なんで、こんな思わせぶりなことばかりしてくるんだろう。 悶々と悩みながら自宅へと到着する。
お礼を告げて、車を降りた。 マンションの自分の部屋の前に着いて、階下を振り返れば、二口の車はまだあった。 手を振る間柄ではないから、じっと車を見つめるだけに留まる。
部屋に入って、青根へと連絡する。
「もしもし!青根?」
「…仕事中だった。すまない。」
「こっちこそ急にごめんね。助かった、ありがとう」
無言。きっとコクリと頷いているのだろう。
「無事に帰れたなら、二口に連絡した方がいい。」
二口は私が部屋に入るまで下にいたから、連絡をしなくても大丈夫だと思うけれど。 寡黙な青根が電話口でこう言うなら、した方がいいのかもなぁ。
「私、二口の連絡先知らなくて。」
別れた時に連絡先は全部ブロックして、消した。 だから二口との連絡の取り方は知らない。
「二口、2年前から変わってない。」
その旨がうまく伝わらなかったようだ。
「そうなんだ、でもLINEブロックして削除しちゃったからさ。送ってほしいな。」
「わかった。」
「ありがとう。」
無言。きっと、またペコリってしてる。
「じゃあ、そろそろ切るね。今日は本当にありがとう。」
「…変わってないのは、LINEだけじゃない。」
「え?」
「多分、気持ちも。」
何も言えずにいると、青根はまた今度、とだけ言って電話が切れた。
prev next
TOP
|