瀬呂夢 | ナノ




「響香、髪切った?」

外出先から帰ってきた響香の髪は、少し短くなっていて、毛先がゆるりと巻かれていた。

「ちょっとね。…変?」

「変じゃないよ!かわいい!!」

いつもと違う雰囲気に、響香は慣れていないみたいだけれど、すっごく似合う。
恥ずかしそうな顔もあいまってより可愛い。

「ありがと。名前にそういわれると、嬉しい。」

荷物置いてくる!と部屋に戻っていく響香の後ろ姿を見ると、白いうなじがかわいくてきゅんとしてしまった。
私も髪、切ろうかな…。

美容室に行くタイミングが掴めずに、気付けば髪が伸びてきていた。
あんまり伸びすぎるとドライヤーが大変だし、傷みとかが気になる。邪魔になっちゃうし。

「ショートヘアもいいなぁ…」

自分の髪を指で掬って、くるくると巻き付けてみる。
イメチェン、したら…範太もドキッとしてくれるかな。

「切んの?」

「迷い中、」

丁度頭の中に浮かんだ人物に声をかけられて、肩が跳ねる。びっくりした、と呟くと、範太から、後ろ髪に手櫛を通された。

「伸びたな、そういや。」

「最近は美容室行ってないからねー。ちょっと傷んでるでしょ?」

「そうかー?俺はキレーだと思うよ。」

髪に手を透かすときに、範太の指先が首筋に掠めるのが、くすぐったい。
こんな、なんてことない仕草に対して、未だにドキドキしてしまうのが悔しい。

「…範太は、長いのと短いのどっちが好き?」

ロングが好きなら、このまま伸ばして…もっと綺麗に保てるようにケアしてみよう。
ショートが好きなら、勇気を出して切ってみるのもいいかも。

「うーん…そーだな…」

あ、三つ編みってどーやんの?と、私の質問には答えずに、範太は気ままだ。
三つに分けて、外側を真ん中に持ってきて…と口頭で説明すると、私の髪で遊び始める。

「意外とできるもんだな。」

「…変な髪にしないでよ」

「任せとけって。ばっちり可愛くしますから。」

髪をたまに軽く引っ張られるけれど、痛くはなかった。優しく、きゅっと編まれていく。

「ねぇ、どっちが好き?」

私は暇を持て余して、さっきの問いを繰り返す。けれど、三つ編みに集中している範太は、「んー?」とか、「ちょっと待ってなー」とか。仕舞いの果てには、「和食のほうかな」とかなんとか。まともに答えてくれない。
…ちょっとむかつく。
痺れを切らして、されるがままになっていると、三つ編みのおさげは完成したらしい。
ヘアゴムを差し出すと、長い指に絡めて上手に括りつけてくれた。

「よし、完成!」

スマホをインカメにして見てみると、綺麗に編み込まれていた。流石の器用さだ。

「ばっちり可愛い?」

「まぁ、カリスマ美容師瀬呂君の手にかかれば、こんなもん朝飯前よ!」

可愛いかどうか聞いてるんですけど!
…まぁ、いつもと違う髪型は自分の目からも新鮮で、楽しいからいいけど。折角だから、好きな人に可愛いって言われたい。
少しむくれてみると、範太はブハッと吹き出した。
やっぱり確信犯だ。

「ごめんごめん、かわいーって。」

さすが俺、と自画自賛しながらも私の頭を軽く撫でる。これだけで機嫌が上向きになってしまうなんて単純かもしれない。

「範太、写真とって!」

範太に結ってもらったから、記念にとお願いしてみる。ハイハイと笑う範太にスマホを差し出すと、机の上に置かれた。
あれ、写真撮ってくれないの?

「撮る前に、仕上げ。」

毛先を手に取って、範太がポケットからキラリとしたものを取り出した。
ゴムに引っ掛けて、反対にも。

「これ…」

「ん?あげる。」

スマホに指を滑らせて、範太がシャッターボタンを押した。
差し出された画面には、三つ編みの私。
結び目には、金色の縁で丸く象られた髪飾りが揺れる。ぷっくりとしたレジンに、小さな花が咲いている。キラキラして、綺麗で大人っぽい。

「ポニーフック、だったかな。なんか、ヘアゴムにこーやって差し込むやつ。」

「かわいい…。なんで?私、誕生日とかじゃないよ?」

行事ごとでも、記念日でも、なんでもない日曜日。
プレゼントなんて貰うような、特別な日じゃない。

「”似合いそうだな”ってあげたら、だめ?」

綺麗な髪飾りを、似合うといって渡されて。ときめかない訳がない。
わかってて言ってるんだろうなと、やっぱりなんだか慣れている範太に悔しくはなるけど。

「ありがとう。…嬉しい。」

くすぐったくて、でも嬉しくて。
そんな気持ちを噛み締めながら、そう伝える。
範太が、やっぱ似合うな、と言って髪飾りに触れるから、またドキドキしてしまった。やっぱり敵わない。

「あ、そうだ。」

「なに?」

「長いのも、短いのもどっちでも可愛いんじゃね?」

「…テキトーに言ってるでしょ?」

もういいよ、と言おうとすると、範太は優しく笑った。

「それ、よかったら使って。俺は、名前の色んな髪型見れたら嬉しいし。」

強いて言うなら、と続ける。

「うなじが見えてると尚よし。」

「ちょっときゅんとしたのに!変態じゃん!」

「はぁ?男にとってはうなじはロマンなのー」

大真面目な顔でそう言うから、笑ってしまった。
単純だなぁと馬鹿にしてみたけれど、ポニーテールとか、お団子とか。たまになら考えてもいいかなと、毛先で揺れる髪飾りに触れながら、少し頭を巡らせてしまう私もやっぱり単純かもしれない。
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