「さっきの、ごめん。嫌な思いさせたよな。」
寮への帰り道。
繋がれた手に感じた圧迫感。
範太の手に力が入っているのがわかって、緊張が伝わる。こんな風に余裕を崩したかったわけじゃないのに。
「…大丈夫。範太が悪いわけじゃ無いんだし。」
喉の詰まるような感覚を押しつぶしながらそう言ったけれど、声のトーンは沈んでしまって。
範太は無言で、私の手を引いた。
俯きながら少し歩いた先には、公園があった。
その一角にあるベンチに並んで腰掛けると、範太が口を開いた。
「ちゃんと話そ。…折角のデートなのに、名前にこんな顔させたまま終わらせたくねーから。」
優しい声音が、頑なになっていた心をほぐす。
「名前が思ってること、聞かせて?」
「…聞きたいことでもいい?」
「いーよ。」
「さっきの人、元カノ?」
気になっていた事をぶつけると、範太は罰の悪そうな顔をした。
その反応に、だろうなと一人で納得する。
「うん、中学の時付き合ってた先輩。」
「…今まで付き合った人とかも、あんな感じのタイプなの?」
全然タイプが違うから、と元カノだというあの人が言った言葉が引っかかっていた。
「う…ーん、そうね。大人っぽい感じの子が好きだったかも。」
あの人もスラっとして大人っぽかった。
範太が私より前に、どれくらい女の子と付き合ったのかなんてわからないけれど。
大人っぽい感じの女の子達との経験から、あの余裕は生まれているんだろうなと思うと泣きたくなった。そんな所に自分の子どもっぽさを感じて、気持ちが沈む。
範太が私の頬に触れた。
「でも、俺のタイプ更新されちゃったからね。」
「…なんで?」
「名前しか見えてねーから。」
はにかんだ範太の口元に合わせて、下瞼がきゅっと上がる。そんな小さな表情の変化にだって、好きだと思う。
「なんか、私ばっかり余裕ないなぁ…。」
「そう?そんなことないでしょ。」
「あるよ!範太はさらっと気遣いとかできるし、慣れてるなぁって…」
「…名前さん、ちょっと失礼しますよ。」
頭に手を回されて、範太の胸元へと顔が近づいた。
ヒーロー科の中じゃ薄めに見えるけど、意外と範太はしっかりした身体つきをしている。
「聞こえる?」
「え、何が?」
訳もわからず耳を済ませると、響いていたのは範太の心臓の音。
「この距離にも慣れてきたけど、やっぱりドキドキすんだわ。…今日だって、どうしたら喜んでくれるかなとか、どこ連れてったら喜ぶかなとかめちゃくちゃ考えたし。」
私の脈が、範太につられて早くなる。
「いつもと違う格好、可愛すぎて困ってんだからな。」
背中開いてるし目のやり場に困るんだってば、と少し拗ねたように言われてしまったら、尚更だ。
「名前が余裕ないのとおなじ。俺だって余裕無いよ。」
「わかった、わかったから!!」
恥ずかしさからのけぞると、範太が堪えかねたように笑いだす。
笑う度に動く喉仏も、口から覗く並びの良い歯も。
好きだと実感してしまうのが、なんだか悔しかったけれど。
「次は、もう少し遠出してもいいかもね。」
当たり前のように提案された次の予定が嬉しくて。
惚れた弱みを抱きしめた。