喉の腫れも引いて、リカバリーガールからのチェックもクリアした。
学校に行ける。
3日とは言っても、その分の遅れは取り戻さなきゃいけない。気合を入れるために、いつもよりも高めに髪を纏めた。
「おはよー」
みんながいる時間の共有スペースは久しぶりだ。
挨拶をすると、それぞれが体調を心配してくれたり、休んでる間にあったことを話してくれる。
少し離れたところに瀬呂はいるのに、感じる視線に落ち着かない気持ちがした。
朝、起きた時に交わしたメッセージ。
体調を伺う旨とともに添えられた朝の挨拶。
今日から復帰することを伝えた私に、送られてきたのは、『今日の夜、話したいんだけどどう?』という言葉。選択権を委ねてくれる瀬呂の気遣いを感じた。
瀬呂と話す。
伝えたかった気持ちを伝えて、その先に望む「これから」があればいいな。
期待を胸に、結った髪へきゅっと力を入れた。
昼休み。
食事を手早く済ませ、休んでいた分のプリントを職員室に取りに行く。
相澤先生には、体調管理への苦言を呈されてしまったけれど、喉飴を貰って、先生の優しさを感じた。
口の中でりんご味の飴を転がしながら教室へと向かう。先生のギャップを感じていると、窓の外にゆるく巻かれた髪の毛が見えた。
あの子だ。
何人かの女の子に囲まれていて、雰囲気はあまり良くない。責められているようにさえ見える。
あの子を取り囲む一人が、ペットボトルの蓋を開けたのがわかった。
…ちょっと、それはだめでしょ!
水があの子の方へとぶちまけられようとした、すんでの所で、その動きを止める。
ぎゅっと、水を一まとまりにして、ペットボトルへと戻して、声をかけた。
「ねぇ、何があったかはわかんないけどさ。せっかく髪の毛巻いて可愛くしてんだから、それはやめたがいいんじゃないの?」
窓から顔を出してそう言うと、女の子達は意表をつかれたような顔をしていた。
「もしかして、水遊びでもしてた?なら私も入れてよ。…トイレの便器から水持ってきてあげるからさ。」
スッと手を上げて、水を集めて作った球体を見せつけると、女の子達は一目散に逃げていった。
実はこれ、私が持ってた只の水なんだけどなぁ。
「大丈夫?」
行儀が悪いけれど、窓から彼女の元へ。
ここが一階で助かった。
「…はい。おかげさまで。」
つっつけどんな感じだけれど、彼女は丁寧にお礼を言ってくれた。
「なんで、助けたんですか。」
助けた、なんて…そんなに大したことはしてないつもりだから、困る。
「普通じゃない?」
「私、名字さんの恋敵ですよ。自分が同性に嫌われやすい性格なのもわかってます。…普通なら見て見ぬふりです。」
「確かにライバルではあるけど…、見て見ぬふりとか嫌だし。体が先に動いちゃったから、なんでって言われてもわかんないよ。」
そう伝えると、彼女はきょとんとした顔をした。
そして、笑う。
「え、急にどうしたの?」
「名字さん、瀬呂君と同じこと言ってます。」
「は?」
事情を聴くと、彼女は以前、よく女子から雑用を押し付けられて、困っていたことがあったらしい。
それを見かけた瀬呂が手伝ってくれて、女子にも注意してくれたそうだ。
「…知り合いでもないのに、どうして助けてくれるのかを聞いたら、『体が先に動いただけだから。』って。」
「瀬呂、かっこよすぎ。」
「ですよね!」
二人で何故か盛り上がってしまった。
お互いに、自分の変なテンションに気がついたのか、居住まいを正す。
「…白旗です。」
「しろはた?」
「宣戦布告しましたけど、白旗です。名字さんの方が瀬呂君に合ってるみたいですから。それに瀬呂君、私にあんまり興味ないんですもん。名字さんのことばっかり見てるし。」
ふんわりとした顔つきを崩して、彼女は笑った。
「さっさとヨリ戻してくださいよ!」
砕けた口調が、好ましく感じる。
「うん、頑張る。」
「声かすれてますよ?」
彼女が喉元に触れて、「痛いの痛いのとんでいけ」と唱えると、わずかに残っていた喉の痛みが消えた。
まだ戻ってなかった声も、元通りに。
「私の個性、『おまじない』なんです。」
初めて聞く個性に、目を輝かせる緑谷が頭に浮かんだ。彼女の華奢な手のひらが、私の頬に触れる。
彼女が何か呪文のような言葉を唱えた。
「勇気がでるおまじないです。」
ふわっと、バニラの香りが香った。
きっと効果は抜群だと思う。