瀬呂夢 | ナノ






あれから、普通科の女の子のアプローチは凄かった。
普段あまり関わるチャンスはないからか、会えるときには絶対に会いに来て。
名字でいつも呼んでいたのに、会話の中でさりげなく範太君と呼ぶ。
ボディタッチも上手に要点を抑えているから自然。

必死に見ないようにしても、神経はそちらを向く。
私のことが好きなんじゃなかったの?
そう聞きたくても、あの子がいる状況では聞けない。

「のど、いた、、」

掠れた声は、空調の音に負けるくらい弱々しい。
ミントの喉飴を一つ口に放り込む。

無理して、体壊すって情けないなぁ。
轟やオールマイト先生に注意された時からちっとも反省してないや。体調が悪い時は、思考がマイナスになって止まらない。
ミントの飴がぴりりと辛味を増したような気さえした。

なんとか思考を止めようと、スマホを取り出した。
クラスメイトからのメッセージを告げる通知に、一つずつ返す。
珍しく上鳴のは無いことに気づいて、なんとなく期待していたような気分に恥ずかしくなった。

ブブブ、とスマホが震える。
着信を告げる合図に驚いて、スマホを顔に落としてしまった。鼻先が痛い。
痛みに耐えながら、電話に出る。

「もしもし…」

我ながらひどい声に、相手も驚いたのだろう。うわ、という呟きが聞こえた。

「体調、どう…って、声すご…無理すんなよ。」

瀬呂の、声。
電話越しでは、かなり久しぶりで、どっと身体中に血が巡るような感じがした。

「のど痛い?喋んなくていいから、聞いてくれる?」

こくりとうなずくけれど、瀬呂には見えない。

「出来るだけ、手短にするから。しんどかったら電話切ってね。」

沈黙を肯定と見なしたのか、瀬呂は話し出した。

「ごめん。」

短いけれど、丁寧さを感じるような謝罪。
何が続くんだろう。
あの子と付き合うことになったとか、私とは距離をおきたいだとか、悪い想像が巡る。

「俺、名字のことが好きだ。」

少し語尾は震えていた。
前にも言われた言葉なのに、響きは違って聞こえる。

「勝手に伝わってると思ってて、そのくせどう思われてるのか不安で。ちゃんと言えなくてごめん。俺、名字と向き合ってなかった。」

私が不安だったみたいに、瀬呂も悩んでいたのだろうか。飄々とした表情の下で、本当はどんな顔をしてたのかな。

初めて手を握った日を思い出した。
感じたお互いの体温の差。
実は、瀬呂の手のほうが熱かった。

「風邪治ったら、ちゃんと話したい。これまでの事もだけど…これからの事を。」

なんで、上手く声が出ないんだろう。
私もそうしたいと言うだけでいいのに、喉がひりついて、言葉を紡ぐことを拒否する。
もどかしい。

「う、、ん。」

やっとのことで、それだけ言えた。

「ありがとう。」

声から、安心したような瀬呂の気配を感じる。
電話の切り時が寂しくて、そのまま通話終了ボタンを眺めていた。
瀬呂も、切らない。

「…好きだよ、ほんとに。」

耳をかすめた告白。ぼんやりとしかけた意識がそれに持っていかれた。

「急に電話かけてごめんな。それから、時間とってくれてありがとう。」

じゃあお大事にな、と言われて、途切れた通話音。

寂しさと共に残されたのは、飴の辛味なんか、どこかへ行ってしまいそうなくらいの甘やかな気持ちだった。


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