変わったもの、変わらないもの.
3回戦は、爆豪君との試合。鋭児郎の話題によく出てくる彼は、爆破という強個性。 ハラハラしながら鋭児郎を見守る。 先手必勝と言わんばかりの攻めを見て、彼のかっこよさを実感した。 爆豪君も負けじと爆破を繰り出す。
「あぶない!」
硬化をしていたおかげで効かなかったようだけど、あれを硬化解けたときにくらったら… それを気にせずに鋭児郎が拳をふるっていく。 硬化が少し解けたころ、爆豪君の爆破が連発された。
「鋭児郎、がんばれ…!」
私の応援も虚しく、一際大きな爆破を食らった鋭児郎はゆっくりと弧を描いて倒れていった。
治癒の個性の先生いるっていってたけど、あんなの食らって大丈夫なのかな。 回復力も心配だし、なにより鋭児郎に会いたい。 頑張ってた鋭児郎を見ると、そんな気持ちが湧き上がってくる。
気がついたら上着を羽織って、財布とスマホだけが入る鞄を手に家を飛び出していた。
千葉にある家から雄英までは距離がある。 乗り換えを間違ったこともあって、雄英に辿り着いたのは、夕方だった。 屋台のテントも畳まれ始めていて、閑散としている中、鋭児郎に連絡をする。 まだ学校にいるかを問うと、もうすぐ校門をくぐるところだと返信が来たから、校門で待つことにした。
何気に鋭児郎に会うのは久しぶりで、一応外に出れる格好ではあるけど、かわいい服を着てくればよかったと後悔する。 せめてもと思いながら、前髪を手で梳いているとこちらへ向かってくる赤髪が見えた。
「鋭児郎…!」
「名前っ!来てたのか!?」
大きく目を見開いて鋭児郎が言う。 頭に包帯を巻いているけど、顔色は良い。体調は大丈夫そうで一先ず安心した。
「えっ!切島、その子誰?かわいいじゃん!」 「もしかして切島の彼女?」
鋭児郎と並んで歩いていた、金髪と黒髪の男の子が声をかけてきた。ヒーロー科の子たちは、なんだか垢抜けているというか別の世界の人って感じがする。
「おう、俺の彼女だ。名前、こっちが上鳴で、その隣が瀬呂な。」
「あ、初めまして!名字 名前です。」
「これが噂の名前ちゃんかぁー!よろしくな!」
「いきなりファーストネームとかチャラいねお前は。名字さんごめんね、俺らすぐ行くからね。」
瀬呂君が気を遣って、上鳴君を引っ張ると、「なにすんだよ、瀬呂ぉ!」「切島が最近会えてねぇって言ってただろ!気ィ遣え!」と、二人は賑やかに去っていった。
「気、遣わせちゃったね、ごめん。」
「あいつら良いやつだから大丈夫だ!…それより来てくれたんだな、かっこわりーとこ見せちまった。」
頬をかきながら、鋭児郎が目を逸らす。 こうやって悔しさを隠す所は、変わらない。 さっきの二人といるときは、別の世界の人みたいだったのに、鋭児郎は鋭児郎なんだなって感じる。
「かっこ悪くなんかない!鋭児郎、たくさん頑張って来たんだなって、かっこよかった。」
鋭児郎の手を取って、ぎゅっと包むように握る。
「頑張ってるのに…この間、雄英辞めてって言ってごめんね。」
握った手に応えるように、鋭児郎が手を引いて歩き出す。歩幅はゆっくりと、私に合わせてくれてるのがわかった。
「怒ってねーよ。俺と名前が逆の立場だったとしたら、俺だって辞めろって言うと思うし。」
「でも…」
「ごめんより、頑張れって言ってくれた方が俺は嬉しいぜ。」
ニカッと笑いながら目に涙を滲ませる鋭児郎を見て、少し吹き出してしまった。
「ふふっ、なんでちょっと泣いてんの?」
「うるせー、悔しいんだよ!名前に謝らせて不甲斐ねーし、爆豪に負けたし!漢らしくねぇ!!」
ぷんすこ、とでも擬音のつきそうな悔しがり方に、より笑みが溢れてしまう。 かわいい。 不意に立ち止まって頬に口付けを落とすと、鋭児郎は軽く飛び上がった。
「なっ…なにすんだよ!いやっ違う、嫌なわけじゃねぇけど!いっ、いきなりすぎんだろ!!」
「元気だしての、ちゅー…かな?」
一応、人通りも確認したんだけど…、自分でも少し驚く大胆な行動をしてしまった。
ぐいっと手を引かれ、気づけば鋭児郎の腕の中に閉じ込められる。 子ども体温だからか、さっき照れたからか。あったかい。いつのまにか、胸板は厚くなっていて少し前の鋭児郎とは違う人みたいだ。
「…口にはしてくれねぇのか?」
不敵な笑みで、ギザっ歯がちらりと薄い唇から覗いた。いつの間にこんな顔覚えたんだろう。 軽く重ねた唇からは、少しのしょっぱさと、砂埃の匂い。 ーー恥ずかしさから顔を離すと、鋭児郎が少し照れくさそうに笑う。 なんで、自分がしろって言ったくせに照れてんのよ。
そのまま手を繋いで、歩いた。 疲れているはずなのに、暗くなるからと鋭児郎は家まで送ってくれた。 その道中、子どもからお年寄りまで、 「さっきの試合見てたよ!」とか、「雄英生だろ?腕相撲しびれたよ」とか。「将来有望だなぁ、がんばれよ!ヒーロー!」と鋭児郎に声をかける人は沢山いた。
雄英の友達と歩く姿、抱きしめられた時の感触、街での声援。 どれも一つ一つは些細な変化だった。 でも、確実に私の知らない鋭児郎の姿を突きつける変化だった。
「…少し、遠くなっちゃったなぁ。」
悔しさの隠し方、久しぶりに交わった薄い唇の感触を思い出しながら、これは変わってなかったと自分を慰めるように思った。
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