嘘じゃない気持ちと本当の気持ち.
2人が高校に入学して、少し学校に慣れてきた頃。 電車での通学は同じ方面だったこともあって、一緒に登校していた。鋭児郎にあわせると、大分早く学校に着いてしまう。それでも、苦手な早起きを鋭児郎と会うためなら頑張れた。
入学式に個性把握テストがあったとか、鼻息荒くヒーロー科の凄さを語る鋭児郎の姿を見るのも中々楽しい。 でも、その日の朝は違った。
「マスコミの襲撃?」
「そーなんだよ!大勢だったからか校内に入ってきたんだよなー。でも、クラス委員になった飯田ってやつがさ、大丈ー夫!って!非常口みたいに皆を落ち着かせてよ、漢らしかったぜ!」
非常口みたいにってあんまり想像つかないから気になるけど、部外者が校内に入ってくるって大丈夫なの? 雄英ってセキュリティも厳重なのが売りの一つだったよね。そのセキュリティが破られてるって、かなり危ない状況なんじゃ無いの?
「鋭児郎、そういう時ちゃんと避難とかして、安全なところに行ってね。ヒーロー科とは言っても、まだ学生なんだから。」
「わかってるけど、他の科のやつとかが危ねー時には自分だけ避難するとかできねーから…悪い、約束はできねぇ。」
頬を掻いて、困ったように鋭児郎が笑う。 こうやって返ってくることは、半分分かっていた。 ヒーローは究極の慈善活動。常に善であることが求められる。 でも、そうじゃないでしょ?
「だったらその人達連れて逃げて。戦おうとはしないで。」
鋭児郎は私たちみたいなのよりは確かに強い。ヒーロー科に入ったからそれは間違いない。 でも、個性が強力とは言えない。もしも敵と戦うなんてなったら命だって危ない。 鋭児郎は、まだヒーローじゃない。守られるべき立場なのに。
「ごめんな、名前。」
鋭児郎の大きな目がまっすぐと私を射抜いて、告げた。 悪いとかスマンじゃなくて、ごめん。 謝罪の気持ちの大きさはそんなに変わらないけど、本当にその気持ちを伝えたい時に、鋭児郎はごめんって言う。 そうしたら私が何も言えなくなるのを意識はしてなくとも、わかってるんだろうな。
「…わかったとは言わない。けど、応援してないわけじゃないから。ちゃんと生きて帰ってくるってことだけは守って。」
「わかった。」
強張る私の手を、鋭児郎が包むように握る。 不安な気持ちは消えないけど、こうやって少しでも和らげようとしてくれる所に絆されてしまう自分が居るのも確かだ。
その手は、私が高校の最寄りの駅で降りるまでしっかりと握られていた。
この手に絆されてはいけなかった。 その日の夜、雄英の災害救助実習のための施設に敵連合が襲撃したというニュースを見て、頭の奥ががらんどうになったような感覚が襲う。落ち着かない両手をなんとか動かして電話をかける。
『はいっもしもし!』
「…怪我は?」
『無いぜ、無事だ。』
無事を聞いて、思わず膝の力が抜ける。 喉の奥がしゃくり上げて、頬に涙が伝った。 次々に溢れてくるから、手で受け止めきれず、床に水滴が落ちては混ざる。
『朝、心配かけたのに…ごめんな。』
「っ、ねぇ…、辞め、てよ」
スマホのスピーカーから、ギリリと鋭次郎の歯軋りが聞こえた。何を、とは言わなくてもわかったんだろう。
『…ごめん、できねぇ。』
絞り出すように、鋭児郎が言う。
『これから先、何度もこういう気持ちにさせちまうと思うけどっ…もう俺は、後悔はしたくねぇんだ。』
わかってるよ。後悔はしたくないって鋭児郎が頑張ってきたのも。頑張っていきたいのも。 ずっと、そばで見てきたからわかるよ。
『もし、名前がもう耐えれなくなったら…俺と居るのが嫌になったら…その時は、』
「わかったっ、から、言わないで!」
その時は、に続く言葉なんか聞きたくなかった。 結婚のような契約は交わしてないから、その選択を取ることは容易だ。
「…ごめんっ!冷静になったら、また掛け直す、から。」
一方的に告げて、電話を切る。 無機質な音が部屋の中に響いた。
…私はどうしたいんだろう。鋭児郎の夢を応援したいのは嘘じゃない。 嘘じゃないけれど。
でも、それ以上に、鋭児郎に生きててほしい。 鋭児郎に側にいて欲しい。 普通に恋愛をして、平和を享受しながら一緒に生きていきたい。
鋭児郎が犠牲にならなきゃいけないような平和なら要らない。
私にとって、本当の事が大きすぎて、嘘じゃないはずの気持ちが小さくなっていく。
「…消えたい。」
自分のエゴを振りかざして、鋭児郎を困らせる私なんか消えてしまえばいいのに。
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