おめでとうと言わせて.




10月16日。
今日は鋭児郎の誕生日で、SNSには、『烈怒頼雄斗生誕祭』なんてハッシュタグが溢れている。
誕生日だからと張り切って、今日はパトロールをしているみたいだ。昼休憩に、研究所にあるテレビを見てみれば、烈怒頼雄斗が街を歩きながら、市民に手を振っている様子が流れていた。

「今日、旦那さん誕生日だって?おめでとう!」

「絹井さん。ありがとうございます。」

「今日は定時に上がりなさいね。お祝いするんでしょ?」

いつもみたいに残ってたら駄目よ、と念を押されて、笑ってしまう。私が研究に没頭していると、つい残ってしまう性分を、絹井さんはよく知っている。

「ありがとうございます!」


ありがたく定時に上がらせてもらい、予約していたケーキを取りに行った。
ショートケーキがいいと言っていた鋭児郎は、いつも苺を最後に食べる。今日は、私の分も苺を分けてあげようと、そう思いながらつい頬が緩んだ。

「ただいまー…」

お揃いのキーケースに入った鍵で、ドアを開けると、玄関には灯りが付いていた。

「おかえり、名前!」

「わっ、鋭児郎!?」

「誕生日だから早く上がれって言われてさ、新婚だろって!」

鋭児郎が、にかっと嬉しそうに笑う。ケーキ買ってきたよ!と手渡すと、これまた嬉しそうに箱を受け取って、ダイニングのテーブルへと小走りで置きにいった。
かと、思えば玄関に戻ってきて。

「うわっ!!ちょっと!鋭児郎!!」

「わははっ!」

勢いよく抱きしめられて仰反る私を、鋭児郎はひょいと持ち上げた。そのまま運ばれそうになったから慌てて靴を脱ぎ捨てる。
抱き抱えられてたどりついたダイニングには、鋭児郎当てのプレゼントが沢山。事務所の人や、縁のあるヒーロー達がくれたらしい。

「事務所にも、たくさん届いたでしょ?」

「おう!!ありがてぇよな!名前当てのも多かったぞ!」

「え、私に?」

「俺が名前のこと自慢しまくるからだって、事務員さんに言われた!」

「もう、絶対呆れられてるじゃん…」

「仲が良いのはいいことだってよ!!」


鋭児郎は、終始嬉しそうに笑っていた。
いつもより少し豪華な夕食やケーキを食べているときも、後片付けの時も、お風呂の時も。
ずっと嬉しそうに笑うから、私も釣られて笑顔になる。

一日が終わる、そろそろそんな時間になった。
隣に寝転ぶ鋭児郎は、はしゃぎすぎたせいか、少し眠そうにしている。

「今日は、楽しかったな…一日中、皆がおめでとうって言ってくれんだ。」

「…鋭児郎がいつも頑張ってるからだね。」

「へへっ、ちょっと照れるな」

「ねぇ、えいじろー」

「んー…なんだー?」

赤い髪を梳くように手を通して、そっと頬にキスをする。柔らかい頬、所々に細かな傷があるのは、鋭児郎の頑張っている印。矛となり盾となって、私達を守ってくれているのがわかる、愛しい傷。
大きな怪我は嫌だよ、と口が酸っぱくなるくらいに言っている私を、鋭児郎は嫌がらずに、安心させようとぎゅっと抱きしめてくれる。

「…好きだよ。」

「俺は、もっと好きだぜ?」

「張り合わないでよ、もうっ」

いつかしたような甘ったるいやりとり。結婚しても、まだこんなことをしているなんて、大人って意外とあの時と変わらない。

「いつも、ありがとう。」

「俺こそ、いつもありがとな。…名前がいるから、頑張れてる。」

「えー?鋭児郎は、きっと私がいなくても頑張ってると思うよ。だって、後悔しない漢になるんでしょ?」

後悔しないヒーローであるために。鋭児郎が掲げている、その信条はきっと私がいなくても揺るがない。

「俺、は…最期に誰かを助けて、死ねたとしても。それが、名前を悲しませるなら、後悔…する。」

背中に腕が回って、抱き寄せられる。
鋭児郎の温もりと匂いは、結婚してともに過ごすようになって、昔よりずっと無くてはならないものになった。

「名前と、一緒に歳とって…じーちゃんとばーちゃんになっても、手繋いで歩きたい。」

「うん。」

「縁側ある家で、日向ぼっこするのもいいな。」

「猫とか飼って、一緒に日向ぼっこしたいね。」

「名前は、ばーちゃんになっても可愛いだろーから…俺もかっけぇじーちゃんにならねぇと…」

「鋭児郎は、ムキムキのおじいちゃんになりそう。」

遠い先の、未来を描く。鋭児郎の未来には、当然のように私がいて。私の未来にも、鋭児郎がいる。
まだわかりもしない未来を、当たり前みたいに二人で描けることが、幸せっていうんだろう。

「俺は、これからも名前と一緒に生きていきたい。来年も、再来年も…その先もずっと。」

口角に合わせて、細めた目が合う。
瞳を閉じればどちらからともなく、キスをした。

「…鋭児郎、誕生日おめでとう。」

時計の針が、10月17日の始まりを指すころになっても私達は手を繋いで、一緒に未来を空想した。

そんな話が、お互いに眠りにつくまで続く。しあわせな夜だった。






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