ただいまとおかえり fin.




久しぶりの地元は、鋭児郎との思い出が溢れていて胸が詰まる。
中学の頃からの友人に勧められた人に会う喫茶店は、高校生の頃に鋭児郎と訪れた場所だった。昔ながらの喫茶店だからか、内装も全く変わらなくて、それが辛い。

相手の方は私よりも3つ年上で、名の知れた企業に勤めている方だった。
容姿も整っていて、スマートな振る舞いは嫌味が無く自然で。
この人と付き合ったら幸せになれるんだろうなって、月並みな表現だけれどそう思った。

「初めてお会いしたけど、名字さんとお付き合いできたらなって…良いお返事を期待してます。」

向こうも私を気に入ってくれたらしく、帰り際に言われた言葉は、甘やかな期待を含んでいた。私の何がそんなに気に入ってくれたんだろう、と疑問に思っていると、笑顔が素敵で…とこれまた素敵な笑顔で言われた。

帰りは駅まで送ってくれて、その間のお喋りも楽しくて。このまま、この人と付き合うのもきっと幸せだろうと思った。

きっと連絡が取れなくて不安になることも無ければ、無事でいるかを心配して、毎日新聞やテレビで名前を確認することだって無い。会いたい時に会えて、声を聞きたい時に電話ができてーー当たり前に平和を享受して毎日を送れる。

それなりに勉強してきた頭では、わかっているのに。



「名前!!」

「っ!…どうして、」

「待たせて、ごめん。」

聞き慣れた、それでいて久しぶりに私の鼓膜に触れる声に振り返ると、もう終わったはずの彼が居て。空に浮かぶ夕焼けよりも赤い瞳に捉えられてしまえば、私は動けなくなる。

「…お見合い、したんだってな」

「うん。」

お見合い、と言うほどのものでは無いけれど、男の人を紹介してもらったのは事実だ。
だってもう終わったんだから次に行かなくちゃ。忘れる努力をしなければ、鋭児郎は勝手に私の中から消えてくれるほど都合が良く無いんだから。

「…なぁ、」

「なに?」

「こんな事いう資格、俺には多分無いけど」

鋭児郎が一歩私へと近づく。
 
「絶対幸せにするから、俺を選んでくれ。」

そう言う鋭児郎は、高校生の時よりも顔つきが男らしくなっていて。今までの時の流れが一瞬で感じられた。
会わない間に別の人が隣に居るようになったんじゃないの、という言葉はいえなかった。あまりにも真っ直ぐな瞳が私を射抜くから。

「…将来の夢の話、した事あったよね。」

今日、目の前に居たのはとても素敵な方で。
非の打ち所なんて見つけるのが難しいくらいだった。
それなのに、私の頭の中に居るのは、心の中に居るのは、今目の前にいる鋭児郎だけだった。どこかで鋭児郎を探してしまう私が居た。

「私の将来の夢、叶えてくれる?」

まだ私たちが幼かったあの日。
こっそり告げた夢の一つを覚えていてくれたならーー。
賭けるような気持ちで言うと、鋭児郎は微かに目を細めて微笑んだ。

そのまま、かしずいた鋭児郎に手を取られる。まるでお姫様にでもなったみたいに。

「俺の、お嫁さんになってください。」

王子様にしては、遅いお迎え。
それでも鋭児郎じゃなきゃ、きっと私は心から頷く事はできないんだろう。

「…喜んで。」

そう答えると、シャランと私の腕に華奢な鎖が光った。

「なんで、」

「やっぱり名前に似合うな。」

嬉しそうに鋭児郎が微笑んで、そのまま手を繋いだ。立ち上がって並べば、背丈の差はずっと開いている。

「…次はこれ、贈る。」

薬指をなぞる、その仕草がたまらなく愛しい。

「早くしてね。私、もう待ち疲れちゃうよ?」

「あ、明日買いにいこう!そんで名前の母ちゃんと父ちゃんにも挨拶行って、あっ!あと、事務所にも!それから、住むとこも探さねーと!」

矢継ぎ早に告げられる言葉の全てが、これから2人が一生共にいることを証明する事ばかりで。

「一緒に暮らしてくれるの?」

「だめだったか!?」

「ううん、嬉しい。」

一人暮らしの家に帰る度に、鋭児郎と一緒に帰って来れたら、おかえりと言える場所が一緒だったなら、なんて思っていた。

「おかえりって言うから、絶対に生きて無事に帰って来て…っていうの、重い?」

「…絶対その約束は守っから。」

頼もしい、ヒーローの横顔。
守られていると安心できる繋がれた手。

かっこよくなったな、と胸が高鳴ってしまうけれどーー私はあなたが不器用でまっすぐな切島鋭児郎だと知っていたいし、その手に守られるだけじゃなくて、あなたを守る私でいたい。

「約束だからね!」

「おう!」






「烈怒頼雄斗、電撃!復縁婚!?」
「烈怒結婚!お相手は一般女性!」
「ついに烈怒頼夫!!」

スポーツ新聞や、ネットニュースで報じられている見出しを見るたびに、恥ずかしさに襲われる。ちょっとおもしろいのがあるから、たまに笑ってしまう事もあるけれど…。

ーー「私、烈怒頼雄斗はかねてよりお付き合いしていた方と入籍いたしました。ヒーローになる前から私の支えであり、ヒーローである私を守ろうとしてくれる方です。」という、鋭児郎が発表した文章が紹介される度に頬が緩んでしまう。


今日は早朝から敵が出たらしく、鋭児郎はすでに出勤してしまった。丁度、朝の情報番組の時間帯に倒し終えたみたいだ。
テレビではどの局でも、鋭児郎を囲むインタビューの映像が流れている。

「ご結婚おめでとうございます!奥様との馴れ初めを教えてください!」

「ありがとうございます!妻とは、学生時代に出会いました。可愛いなって目で追ってただけだったんですけど、そしたら話す機会があって…そっから、スかね!」

「奥様の好きなところをお願いします!」

「やっぱ、笑顔が可愛い!あと直向きなとことか、少し不器用なとことか…ありすぎて絞れねぇ!」

「奥様の手料理で一番好きなのは何ですか?」

「俺は肉が好物なんで、肉料理かな!でもホントに何でも上手い!一緒に作るたこ焼きとかも好きです!」

緩んだ鋭児郎の顔と、知らなかった情報が一気に入ってきて、供給過多になっている気がする。

「今日も大活躍ですが、その秘訣は!?」

「今日は、そうですね…コレっすかね」

鋭児郎が自分の付けているアームカバーに触れながら言った。

「…それは?」

「妻が開発に関わった素材の、サポートアイテムです!…今日は敵の個性が相性良くねぇかなつて思ったけど。これはダメージの吸収に優れてて、防御力高いんで。すっげぇ助けられました。」

あの日描いた将来の夢が叶った。

「今日もがんばってね、ヒーロー!」

テレビ越しだけれど、きっと届いているはず。

第二ボタンから、ブレスレットにーーそして今は薬指に光る赤。今日も私はそのお守りを手にして。

「いってきます!」

ただいまを言うために、2人の住まいを後にする。







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