諦めたら、笑うしか無い.
大阪への出張を言い渡されたのは、長期任務が終わってすぐの事だった。 出張といっても、ヒーロー事務所間の合同研修だから意外とすんなりと終わって。久しぶりにファットとサンイーターに会いに行こうかと思い立った。
「切島君!久しぶりやな!!」
インターンで度々世話になった事務所は、少し模様替えされた気もするけれど、相変わらずで安心する。 ファットに応接室のソファーへと案内され、腰掛けた所で、机上に輝く華奢な鎖が目に入った。
「…これ、」
見覚えがある、随分前の記憶に残っている品に、思わず名前の名前が口から零れた。 小さく口籠ったその単語は、ファットの耳には届かなかったようだ。
「あの、これって…!」
「ん、ぁあ!ここに最近来てくれとる子が忘れてったみたいやな。昨日居ったんやけど…次来るんはいつやろか…」
「その子って、もしかして名字 名前って名前じゃ…」
「おお、せやで!よう知ってんなぁ。自分、知り合い?」
知り合いも何も、恋人。 随分会っていないし、忙しくて半年間全く連絡を取っていないけれど、関係は続いているはずだ。
「名字ちゃん、素直でええ子やんな!やっぱ、切島君みたいなええ男の知り合いは、ええ子なんやなぁ〜」
「名前、俺のこと何か言ってました?」
「いやぁ…特に何も」
あ、でも昨日一緒に切島君の熱愛報道みたわ、とファットが続けた。 熱愛報道…って、そんなのあったか?
「芸能リポーターがポロッとな。ほんで、今日にはネットニュース!…出世したもんやわ!」
スマホを確認すると、事務所からの通知が来ていた。ネットニュースのトップには、漢字の羅列ーー俺のヒーロー名が並ぶ。 一般女性…って、嘘じゃねぇけど!婚約はまだしてねぇよ!!
「ほんまの所どうなん?もしかして、切島君が1年の時のインターンで、病院に来てくれた子?」
「…相手はそうですね。でも、婚約はしてないっす。全然会えてねぇし、まだ向こうは学生だし…出来たらしてぇなって。」
「ほうかぁ…青春やなぁ。」
相手の部分はぼかして言うと、ファットは嬉しとそうに笑った。そして、少し考えて言った。でも、まだ婚約しとらんなら報道について誤解解いとかなあかんよ!と。
連絡をしようと、メッセージアプリを立ち上げた瞬間。緊急出動の要請がされて、それは叶わなかった。
その日のホテルの一室で、着信を鳴らす。 コールは鳴らなくて、ツーツー…と繰り返す話し中を知らせる音が耳にこだまする。 少ししてから掛けても同じだった。 メッセージを送っても、既読はつかない。
もしかして、何かあったのか? 中学の名前の一番仲の良い友達に聞いてみると、馬鹿じゃないの?と一言目に言われた。
『遠距離なのに、ろくに連絡も取らないまま。そろそろ自然消滅かなって思う頃合いにこの報道…もう、名前は終わったと思ってるんじゃないの。』
「終わった、って…!」
『名前、笑ってた。諦めがついたみたいに。』
その言葉に、身勝手にも傷ついてしまう自分が居る。今まで、泣かせてばかりだった癖に、果てには諦めの笑みを浮かべさせて。 不甲斐なさが胸を突いた。
『…来週の週末、名前地元に帰るみたいだから。その時にお見合い勧めておいた。』
「お見合い!?」
『名前は大学院まで行ったし、そんなに早い訳じゃないでしょう。結婚を前提にお付き合い…はそろそろじゃない?あの子、慎重派だから付き合う期間も長めが良いでしょ。』
「だからって、俺は、」
『知らないわよ。名前を泣かすヒーロー様の事なんて。』
電話を切られて放心状態になった俺は、突然の名前との別れに立ち尽くすしかなかった。
見た訳じゃ無いのに、諦めて笑う名前の顔が浮かぶ。 高校の時、名前をそんな顔にさせてしまった事があった。確か…林間合宿の後。
ーー「…肝が冷えたっていう言葉があるけど、本当に人の内臓ってこんなに冷たくなるんだなって、思った。」そう言う名前の手は震えていて。 俺の事を信じられなくてごめんと言った、あの言葉は、爆豪を助けに敵のとこに行った俺にとって、後ろめたかった。
事務所に置いてあった、ブレスレットは年月の流れによって決して綺麗な訳では無いのに、まだ持っていてくれたのが窺えた。
「迎えに行くって、約束したのにな…」
いつも待たせて、一緒に居れないヒーローの俺なんかよりも、一般の名前の事だけを守ってくれる男の方がいいのかもしれねぇ。
なんて、弱気な漢らしくない呟きが溢れた。
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