命綱.




「初めまして。ようこそ絹井サポートマテリアル研究所へ。所長の絹井素子といいます。よろしくね。」

なぜ私がこんな場所にいるかというと、メッセージの返信に理由がある。
ここで働く為には、どうすればいいのかという旨を尋ねたメッセージを送った数週間後。ここ、絹井サポートマテリアル研究所から返信が届いた。
質問への回答ではなく、社内見学にこないかという返信だった。

「名字名前です。今日はお招きいただきありがとうございます。」

緊張しながら頭を下げると、肩を軽く叩かれた。

「固いよー!まっ、礼儀正しいってことね。じゃ、いこうか。」

にかっと絹井さんが笑顔を見せて、歩き出した。
社外秘の場所もあるらしく、後ろからついて行きながら、白衣を着た人たちを見ていく。
何をしているのかはあまりわからなかったけれど、誰もが真剣な目で、作業をしていた。

一通り案内されたあとで、応接室に通された。
事務員さんらしき人が、お茶を入れてくれたので頂く。ほっと一息ついたところで、絹井さんが話を始めた。

「こんな若い子から、ここに入りたいって言われたの初めてでねー、ちょっと張り切って呼んじゃったけど…どうだった?」

「皆さんとても真剣で…ヒーローのヒーローって言葉がぴったりだと思いました。」

「うわー、百点満点の回答貰っちゃった!嬉しいなぁ。もう一つ聞きたいんだけど、名字さんは、どうしてここで働きたいと思ったの?」

笑われないかな、そう思いながらじっと、絹井さんの目をみる。さっき見た人たちと同じ真剣な目。
この人は笑わない気がした。

「…私の大切な人が、ヒーローになろうとしてるんです。その人は雄英生で。実際に戦闘したこともあって…傷だらけで帰ってきたその人を見てると、ヒーローが守ってくれる安寧を、素直に受け止められなくなって。ヒーローは誰にも守って貰えないのにって、彼が身を粉にしなくてもいいんじゃないかなって何度も考えました。」

絹井さんは静かに相槌を打ってくれた。

「なんの役にも立たない私の個性じゃ、彼を守れない。でも、守りたい。ヒーローのヒーローになりたいって御社のホームページを見たときにそう思いました。」

話終えると、絹井さんは「話してくれてありがとう」と言いながら右手を差し出してきた。
同じように右手を差し出し、握手をする。
絹井さんの手には豆ができていて、硬かった。

「私はさヒーロー目指してたんだけど、そんな風に想ってくれた人は居なかった。きっとその彼には、貴方の存在が力になってるよ。」

今まで、自分が抱えてきた気持ち。
私は鋭児郎の負担なんじゃないか、鋭児郎の夢を阻んでるんじゃないかと、自分を責めてきたことが、今の一言でそんなことはないと否定され、光が差した気がする。

「ありがとう、ございます。」

「いーえ!貴方が大人になっても、そう思う気持ちが変わらなかったら、私のところにおいで。ここで待ってるから。」

そう言われて、もう一度、絹井さんの手を握り返した。少しでも感謝の気持ちが伝わればいいなと思いながら。

「あっ、できれば、あなたが彼のことをどれだけ大事に思ってるか伝えてあげて。そしたら、彼も死ぬに死ねなくなるわよ!」

「死ぬに死ねなく…って」

「ほんとのことよ。自分が死んだら悲しむ人がいる。それを知ってるから、私たちは強くなれる。貴方は、彼を強くする。」

命綱みたいなものねーーおどけるように、絹井さんが言った一言が、心に残った。


その夜、鋭児郎に電話をかけた。

「おー、名前。どうした?」

「怪我の調子はどうかなって、思って。」

「もう授業にも参加できてるぜ。跡は残ってるとこもあるけど、痛みは無い。」

よかった。
順調そうな経過に、胸を撫で下ろす。

「あのね、鋭児郎に聞いてほしいことがあるの。」

「おう!聞くぜ!」

「ねぇ、鋭児郎。私、鋭児郎のこと好きだよ。大好き。」

「へ、あ、えっー…と!お、俺も名前のこと大好きだ…」

急に言ったせいか、鋭児郎は慌てていた。
きっと、顔は真っ赤なんだろうな。
尻すぼみに、語尾が小声になっていくのを聞いて、そう思った。

「ふふ、それから私ね、将来の夢見つかったの。2つも。」

「お、なんだなんだ?」

「教えてあげなーい。」

なんだよー、と珍しく振り回されて、鋭児郎は拗ねるようにボヤいた。

「応援してぇのに。名前こんちきしょう…!」

「じゃあ、1つだけ教えるね。」

「よしこい!」

「…鋭児郎のお嫁さん。」

我ながらこっぱずかしいことを言った自覚はある。
でも、電話越しに固まるのはやめてくれないかな…?
少しの沈黙とともに聞こえてきたのは、ビキビキという硬化音。

「…えいじろー?」

「絶対に幸せにします…!」

噛み締めるような言葉。
気が早いってば。


電話を切った後は、心地よい温さが睡魔を誘った。
眠りに落ちる手前、まだ何も嵌まっていない薬指をながめて。未来を想った。










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