彼はずっとそうだった.
いつも思い出すのは、中学2年の夏。 ヒーローに助けられるなんて思ってもいなかったあの頃。
「やめてって言ってるじゃん!この間断ったよね?付き合うとか無理だから!」
目の前の男は、強い口調で言っても全く応えていない。ニヤニヤしながら私の腕をつかんだ。
危機感から周囲を見渡し見ても、誰もいない。 校舎の二階の人と目があったけど、ここまで来てくれるとも思えないし…。
「いいじゃん。彼氏いないんでしょ?告白され慣れてないからって照れなくていいよー」
気持ち悪さに思わず鳥肌が立つ。この人の個性なんだっけ、と考えていると彼の爪が腕に食い込んできた。 あ…爪が伸びる人だった気がする。10センチくらい伸びるんだっけ?僕の爪は深爪知らずさ!とか全く面白くないジョークを聞かされたことを思い出した。
ちょっとやばいかもな。このまま爪が伸ばされれば腕に串刺しになるかもしれない。 相手も男な訳で、振り解けもしなかった。
「おいっ!女子相手になにしてんだよっ!!」
草陰から出てきたのは、さっき目があった1組の切島君。 息が上がっている。走ってきてくれたのかな。
「切島だっけ?今いートコなんだよね。邪魔しないでくれる?」
「明らかに嫌がってんだろ!離せよ!」
切島君が男に殴りかかろうとすると、男も私を掴んでいない方の爪を伸ばして引っ掻こうとする。
「危ないっ!」
ガキンッと鈍い音が響いて、男の爪が割れた。
「俺の個性、お前の個性相手だったら有利だと思うけど…まだやるか?」
鋭い目が男を睨むと、不利を実感したのか男は手を離して去って行った。
「大丈夫か!?腕、血ィ滲んでるな…悪い、早く来れなくて。」
「いやいや、走ってきてくれてんでしょ?助かったよ。ありがとね!」
その後、保健室までいっしょに行ってくれたっけ。 助けられたのはその時が最初だったけど、鋭児郎はそれから何度も私を助けてくれた。
「あれっ?名字、お前傘は?」
土砂降りの中、傘を差さずに帰っていると後ろから声をかけられた。
「切島じゃん。傘は友達が忘れちゃってさー。貸してあげたの。」
「いや、名字が濡れるだろ!ほら、傘入れよ!」
手を引いて、切島が体を寄せる。 軽く当たった腕が思ったよりも筋肉質で驚く。
「大丈夫だよ!私、個性が撥水なの。体が勝手に水弾いてくれるからさ。」
「それでも冷たかったりするだろ?服とかは濡れるんだから。俺も硬化だけどよー、鉄で殴られたりしたら衝撃はくるし。いいから入れって。」
確かに冷たさは感じるし、体温より熱い水は弾けないとか弱点はある。 私に傘を傾けてるから、切島の肩は濡れていた。 さっき、私の個性聞いたくせに。 どんだけお人好しなの?
「…切島さー、他の女の子にこんな事しない方がいいよ。勘違いされちゃうから。」
「女も男も関係ねーよ。困った奴がいたら助けるのがヒーローだろ!」
ヒーロー目指してるのか。切島が女の子を助けるところを想像してみるけど…他の女の子にもこんなに優しくしちゃうのは、なんか嫌だ。
「助けようとしてくれるのが切島の良い所だし、私も助けられたからアレだけどさ…特別扱いは私にちょうだい?」
「えっ!?」
「好きだから付き合ってほしい…って今のでわかってよ。」
ようやく伝わったのか切島の顔が真っ赤に染まっていく。告白されたこと無いのかな?
「返事、どうするの?」
あざといのはわかってるけど、袖を引いて顔を近づける。平常な顔を心掛けてはいるけれど内心は心臓が飛び出そうだ。
「…おっ俺でよければ…。」
相合い傘の中でこもったように響く声は、廊下の端まで聞こえるいつもの声の持ち主と正反対なくらい小さくて、震えていた。
その日からもうすぐ1年が経とうとしている。 鋭児郎は、最近進路に迷ってるみたいだ。
「工業はどうなの?友達も行くんでしょー」
「いや…そういうので決めたくねぇっつうか…。」
進路に対してはずっと煮えきらない態度だ。 私は推薦で、都内の高校の普通科への進学すると決めているから特に悩みはなく、鋭児郎の気持ちを図りかねていた。
雄英に行くか悩んでるんだろーな。 諦めて工業に行ったからといって、鋭児郎はきっと後悔する。 今だって、この間他のクラスの女子達を助けられなかったのを後悔してる。 人を助けるという道を断ってしまったとしても同じように後悔するんでしょ?
「雄英だってほとんど決まってるくせに…。」
ボソリと呟いた一言は鋭児郎の耳には届かなかったようだ。 最近、思いつめてるのも知ってるから、そっとしておこうと思っていたけれど。
その翌日、鋭児郎は雄英に行くことを決めた。 応援しない訳がない。 その日から会うことは愚か、話すことだって大分減った。
でも…合格した時は本当に嬉しかった。 雄英の投影式の合格通知を何度もいっしょに見返して、髪を染めるという時には大反対しながらも、本人の気持ちを尊重した。
「赤とか高校デビュー過ぎるよ!お母さん心配するよ!」 「俺は紅頼雄斗になるんだ!」
…なんて、今考えれば随分可愛らしい喧嘩だ。
「今日からがんばってね、ヒーロー!」
「おう、任せとけ!将来は熱愛報道されるくらい有名なヒーローになっからよ!」
お守りのように、自分の制服の胸ポケットに入れた鋭次郎の第二ボタン。 それに、手を当てながら激励したあの日。柄じゃ無いことをいう鋭児郎に笑ってた。
あの時の私は、大切な人がヒーローを目指すということが、こんなに辛いものだと思ってもみなかった。
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