雨音と赤い稲妻.
これからの鋭児郎に目を向けることが、私が強くなるために必要なこと。 そう思うようになってから、ほんの少しだけやるべきことが見えた気がする。
久しぶりの雨が降る中、散歩に出かけた。 こんな日には水を弾く髪と体がすごく役に立つ。 傘を傾けて腕を雨に晒すと、僅かに走る冷ややかな感覚が気持ちよくて、鋭児郎と初めて一緒に帰った日の甘やかな気持ちが胸を掠めた。
「あれ、名前ちゃん?」
後ろからかけられた声に振り向くと、傘に隠れて顔はよく見えないけれど、鮮やかな桃色の肌をした女の子の姿が見えた。 もしかして、
「芦戸さん…?」
「やっぱりー!名前ちゃんだ!久しぶりっ!」
その声に合わせて、傘からひょっこりと黒目が覗いた。独特な色合いをしたミニのワンピースの裾が、芦戸さんの動きに合わせて揺れる。
「久しぶりだね。えっと…今日はどうしてここに?」
「ちょっと家に寮に持ってくの忘れてたものがあって!雨降ってるけど、もうすぐ仮免試験もあるし、早めに取りに帰りたくてさぁー。」
「仮免試験があるの?」
私の問いかけに、芦戸さんは一瞬不思議そうな顔をしたけれど、「そう!来週ね!」と明るく言った。 鋭児郎から聞いてないのかと聞かれる事は無くて、芦戸さんが人に慕われるのが何故かが分かった気がする。
中学の同級生の話なんかが弾んで、いつのまにか駅の方まで足を運んでいた。 芦戸さんは次に来る電車に乗るらしい。
「あ、待って名前ちゃん!」
別れの挨拶をして踵を返そうとすると、引き止められた。
「デーデンッ!問題です!!」
急に始まった問題。思わず、は?と声が漏れた。 なんでクイズ?しかも今?
「切島の必殺技の名前はなんでしょう!?」
「必殺技…?聞いたことないから、ちょっと…。」
にこっと芦戸さんが歯を出して笑った。
「答えは、切島に聞いてねっ!」
バイバイ!と芦戸さんは嵐のように去っていった。改札を通っていった後ろ姿は遠い。 足が速いのは相変わらずみたいだ。芦戸さんの運動神経の良さに、思わず感嘆のため息がでた。
スマホのメッセージアプリを開き、『必殺技できたの?』とだけ送った。 すぐにスマホの振動が掌に伝わる。
『おう。』
『名前は?』
『烈怒交吽咤と烈怒頑斗裂屠、だけど』
夜露死苦、みたいな漢字の羅列。読み方はパッとわからないけれど、鋭児郎なりにこだわったのが伝わってきた。きっと文字を打つときに、一字ずつ漢字を探したんだろうな。 男らしさを追い求めた結果、チマチマと文字を打つ鋭児郎が頭に浮かんだ。
『漢字難しすぎ。』
そう送ろうとしたけれど、少し付け加える。
『必殺技頑張って。』
紙飛行機のマークを押すときに、走った緊張感を解すための吐息は、雨の音に紛れて溶けた。
ー『ごめん、インターン近いからしばらく連絡できない。』
数日前にそうメッセージが来て以来、朝晩の連絡も途絶えている。 先日の連絡から、二人の間にあった緊張感が、フッと解れたような気がしていた矢先のことで、雄英ヒーロー科の目まぐるしいスケジュールが少しだけ憎い。
インターンは関西のヒーロー事務所に行く、とだけ聞いた。
「確か、今日が初日だっけ…。」
関西といえば、ファットガムが有名だった気がする。 確か、彼のグッズもはやご当地グッズとなっていて、食い倒れ太郎やビリケンさんに肩を並べるほどだとメディアに取り上げられていた。 何気なく、ファットガムについての記事をネットで見ていると、ニュースサイトが更新されていた。 赤い「new!」と書かれた矢印が差す、見覚えのある文字の羅列に、目を奪われた。
『新米サイドキック!!烈怒頼雄斗爆誕!!』
そう大きく見出しを打たれた記事。
「嘘…、」
震える指でタップすると、画質は悪いが、暗闇でも目立つ赤い髪が鋭児郎の活躍を知らせる。
「雄英高校インターン生、敵と交戦…市民を守りながら、必死に戦い……勝利を収めた。」
確かめるように、記事を音読する。 間違いなく鋭児郎の活躍を示す記事だ。
あぁ、鋭児郎は大丈夫だ。 鋭児郎はヒーローなんだから。 必殺技だってあって、敵だって倒しちゃうヒーローなんだから。
一つの気がかりが、肩からスッと降りたのがわかった。
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