これからの君を.




最初のうちは、「距離なんて置かなくていい」とか、「もう一回話そう」とか、鋭児郎からのメッセージで埋め尽くされていたトーク画面も、一切答えないでいるうちに、淡々と朝晩の挨拶だけになった。
喫茶店で距離を置こうと伝えた時、鋭児郎が引き留めるように掴んだ私の腕は、2、3日痣が残っていたけれど。その跡は、もう無い。

ーー落ち込んでいるのが友人には伝わってしまったのか、今日は、新しくできたと話題のバーガーショップに連れてこられた。

「名前、このセット美味しそうじゃない?エビ入ってるし!」

「お、いいね。ピクルスだけ抜いてもらおうかな。」

他愛もない話をしながら、注文をしていると、軽く肩をトントンと叩かれる。
振り返ると、見覚えのある顔が二つ。
えっと…鋭児郎の友達だ。

「名前ちゃんじゃん!偶然〜!俺のこと覚えてる?」

「おいナンパみてぇだぞ。」

「あぁ、上鳴君と瀬呂君、で合ってる?」

「合ってる合ってる!ねぇ折角だし、そこのオトモダチも一緒に食べねぇ?」

上鳴君、チャラいなぁ。
でも、友達は悪い気してなさそうだ。
いいよ、席取っておくねと言うと、二人はお礼を言って注文をし始めた。

「ちょっと、名前!今の雄英の人じゃん!彼氏?」

「いや、彼氏の友達。ごめんね?一緒になっちゃって。」

「全然いいよ!今の金髪君めちゃくちゃタイプ!」

目を爛々とさせてる友達を見て、安心する。
2人と一緒の食事は、なんだか合コンみたいになった。
友達は上鳴君と話が弾んでいる様子で、必然的に瀬呂君と話すことになる。
最近あったニュースのこととか、寮制についてとか、世間話をしばらく続けていると

「名字さんさ、切島のこと聞いてこないんだね。」

チクリ、と痛いところを突かれた。

「そっ、そうかな…あ、鋭児郎、元気そう?」

「うん、元気そうだよ。っていうか、目標に向かって凄くのめり込んでる感じ。寮入る前より、なんか焦ってる気もするかな。」

そこまで言って瀬呂君が、突然吹き出した。

「え、今なんで笑ったの?」

「いや、名字さんってわかりやすいなーって思った次第です。…切島とあんまり上手くいってないの?」

察しが良すぎる。そんなにわかりやすいタイプじゃないと思うんだけどな。
聞くよ?って言う瀬呂君の言葉に甘えて、今の状況と、自分の気持ちを話した。
気を抜いたら涙が溢れてしまいそうで、途切れ途切れな私の話に、瀬呂君が相槌を打つ。

「本当に好きなんだね、切島のこと。」

柔らかい笑みを浮かべた瀬呂君が言った。

「俺もね、ヒーロー目指してる彼女いんだけど、やっぱ心配だよ。彼女が怪我した時は、ぶっちゃけヒーロー目指すのやめてくれって思うこともあるし。」

鋭児郎と私の両方の立場を知っている瀬呂君。
その存在は、ずっと探し求めていたものを得た気持ちにさせてくれた。

「でも、俺がヒーローを諦められないように、俺の彼女も…君の彼氏も、簡単に諦められないんだ。」

ーーわかる。伝わる。
鋭次郎も瀬呂君も、瀬呂君の彼女も。頑張って、頑張って掴み取った夢への道だ。

「だからさ、心配するより信じ合おうって思ってる。信じて待ってくれる人が居たら、帰らねー訳には行かないじゃん。」

信じて待つ。
瀬呂君が言った言葉は明快なようで、難しかった。
私も、鋭児郎の帰る場所になれるだろうか。

不安げな顔をしていたのが伝わったのか、瀬呂君が目元をクシャッとさせて、私に笑いかける。

「今までの切島より、これからの切島を見てやって。はい、瀬呂君のお悩み相談室はおしまい!」

「えっ…ちょっ!!」

急に話題の終わりを宣言されて、慌てる。
もうちょっとだけ聞きたかったのに!

「ホラ、上鳴帰るよー」

「ほーい」

二人はそのまま、トレーを持って帰り支度をした。
茫然としていると、上鳴君が私を覗き込んだ。

「名前ちゃんは、ちょっと考えすぎ!切島は俺よりも強えーよ?」

じゃなっ!と爽快な挨拶をして、上鳴君は瀬呂君の後に続いた。

「なに今の、上鳴君…かっこかわいい。」

友達を虜にして。



その夜は、なんとなくだけど、鋭児郎の写真を見返した。
二人で撮った写真。私がデート中に隠し撮りした写真。まだ髪も黒くて、セットもしてなかった鋭次郎は、今よりもあどけない。
身体つきも、こうやって写真で見比べてみると、やっぱり全然違う。

「今までの鋭児郎より、これからの鋭児郎を見る…か。」

あの時、指先で触れた感触を思い出す。
あの感触はきっとこれからの鋭児郎の一つかもしれない。
そう思いながら、目を閉じた。










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