精一杯.




ヒーロー名は烈怒頼雄斗に決まったらしい。
職場体験であった事を、電話で楽しそうに鋭次郎が話すのを聞きながら、こっそり心の中でため息をついた。

『鉄哲と一緒だったんだよ!そんでなー』

ヒーロー殺しという敵のことで報道はすごいことになっていたのに、このヒーローの卵は呑気なものだ。
でも心配しすぎて、前言ったような失言をしてしまうことは避けたかった。

「コスチュームの鋭児郎、見たかったなぁ。」

『いつか見せてやるぜ!牙イメージのマスクがかっけぇんだ!』

今日の鋭児郎はいつもに増してよく喋る。
相槌を打ちながら話を聞いていると、鋭児郎はそろそろ走りにいく時間らしく、電話を切った。
私も丁度夕飯の時間だ。

「鋭児郎君との電話終わったのー?」 

「うん。なんか、ヒーロー殺しの事とか無かったみたいに呑気だった。」

今日の夕飯は生姜焼きだ。手を合わせて口に運ぶと、じゅわっとタレの香ばしい味がする。
黙々と味わっていると、母がじっとこっちを見ていた。

「どうしたの?」

「呑気にしてくれてるのかもよ?」

ふふっと笑って、母は普通に食べ始める。
どういうこと?
呑気にしてくれてる、って鋭児郎が?

「ヒーローが不安そうな顔してたら、私たちも不安になっちゃうもの。」

自分にはなかった考え方に、自分の幼さを感じる。
鋭児郎は気づかないうちに、中学時代の鋭ちゃんからヒーローの卵の烈怒頼雄斗になっていたのかもしれない。変わっていく鋭児郎に気付いていたのに、それはほんの一部だったのかと胸の奥にずんと重い気持ちが沈んだ。



「期末試験、赤点だったの?」

「そーなんだよ!実技の方でミスっちまってよ…」

しょげた様子で鋭児郎が言う。
林間合宿が夏休みにあるって言ってたけど、大丈夫なんだろうか。

「合宿には行けるらしーんだけど、補修がなぁ…。」

「頑張ってきなよ、雄英の林間合宿とかきつそうだけどさ、鋭児郎なら大丈夫だよ」


ーーそう笑顔で見送ったのが、いつだったっけ?
いつだって、情報源はテレビかネットニュース。
鋭児郎からの連絡は来ない。

『敵連合が!林間合宿中の雄英生に襲撃した模様です!そのうち、生徒1名が誘拐され、重軽傷者も数多くいるそうです!』

テレビに映るのは、暗い森。ヘリコプターからの映像で、うっすらと煙幕が上がっているのがわかった。
重軽傷者、多数。生徒1名の誘拐。
その1人が鋭児郎だったら?
拐われて、生きてる確率なんてどれくらいなの?
鋭次郎が、死んじゃったらどうしよう。
当たり前にいた存在が消えてしまうことへの恐怖は、現実味がないのに、ひどく胸を詰まらせる。
鋭児郎に電話をかけた。
何度も何度も。
それでも、電話は繋がることは一度もなかった。   

結局、鋭児郎と連絡がついたのは、雄英の全寮化が報道され始めてからだった。
寮生活に入る前に話をしたいというメッセージに、鋭児郎から了解の旨と日時の指定の返信がきて、今日がその日になる。
商店街の外れにある喫茶店は、ティータイムに入る前だというのに誰もいない。
店員さんに、コーヒーを注文して窓際の席に着くと、鋭児郎が店に入ってきた。
オレンジジュースを注文し、向かいの席に座る。
走ってきたのか汗だくだ。

「悪い、待たせて。」

「別に今来た所だから大丈夫だよ。」

鋭児郎はそうかと頷いて、テーブルの木目を見ていた。心配をかけたという負い目からか、私と目を合わせようとはしない。気まずい雰囲気の助け舟のように、注文したものがテーブルに運ばれる。
コーヒーの湯気が揺れるのを傍目に、鋭児郎が口を開いた。

「話って、」

何かと聞かなくてもわかっているのんだろうな。
そこで鋭児郎は口を噤んだ。

「…肝が冷えたっていう言葉があるけど、本当に人の内臓ってこんなに冷たくなるんだなって、思った。」

心臓が握られたようにひゅっと締め付けられる瞬間。
私の中身は血が巡っているはずなのに、驚くほど冷たく重く感じた。

「応援してるのは嘘じゃないの。鋭児郎が悪くないのもわかってるの。…でも、ごめんなさい。手放しで応援して支えることができない私で。鋭児郎が心配かけないようにしてくれてるのわかってるのに、鋭児郎を信じられなくてごめん。」

謝っているのは私なのに、鋭児郎は自分が責められているみたいに眉を歪めて苦しそうだった。
唇を噛み締めた私に、鋭児郎の手がのびてきてーー宙を掴んだ。

「…名前を苦しめてるのはわかってるのに、夢を諦められない、クソ野郎でごめん。」

バキバキと、硬化の音が響き、鋭次郎の額に亀裂が浮かんでいく。目尻に浮かんでいる滴を溢さないようにか、目の周りは特に亀裂が走っていた。

硬くなった目元に、震える手で触れた。
個性がより強くなったのがわかって、血の滲むような努力の一端を指先で感じる。

こんなに努力している人の邪魔になっては、だめだ。

「っ、…少し距離おこっ、か。」

鋭児郎の硬化が少し解けて、頬の丸みに合わせて涙が伝った。

「このままの私じゃ、二人をだめにしちゃう。」

普段は意識しないような表情筋に力をこめて、口元に弧を描く。
ぎこちなくて、みっともないかもしれない。

「私も強くなるから、強くなって。」

でも、今の私にできる精一杯だった。










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