弱い貴方を愛せていた?.
友達曰く、バレーの大会が、愛知で開催されるらしい。インターハイや春高のような大きな大会ではないけれど、稲荷崎の校名も確かにあった。
「いーこーうーよー!」
「…やだ。」
もう一度いーこーうーよー!!とごねられる。元彼のかっこいいとこ見にいこう!とか、最終的にはよくわからないことまで言われた。
「行ってどうするの?」
「名前の気持ち決めにいく。」
「…決めるって、」
「だって、まだバイト先の大学生に返事してないんでしょ?決めきれなくて。もし、元彼がうちらに気付かなかったら、もうそっちと付き合えばいいじゃん。」
もし倫太郎が気付いたらどうするの?と尋ねると、そんときはそん時と誤魔化される。
「宮兄弟見たいんだって!めっちゃイケメン!」
倫太郎のことを調べてるうちに、宮兄弟というイケメン双子を見つけたらしい。まぁ、かっこいいけどさぁ。
「もー!!結局それじゃん…」
倫太郎と別れて音沙汰もなく数週間が経った。大分、落ち込んでいた気持ちも落ち着いて、友達の冗談にもふつーに笑える。倫太郎との連絡の習慣が無くなっただけ。いつも通りの日常。どこか物足りない気がするのは気のせいだ。
結局、友達に根負けして大会を見に行くことにした。 大きな体育館の、2階席。倫太郎の高校は、熱心な人が多いのか、応援が多い。え、団扇??アイドルのライブで見るやつがある。高校生の部活とは中々結びつかない。
「実は私も作ってきちゃいました!」
「宮んずらぶって、すご…フリルまで…」
「なので、今日はあちらに座りまーす!」
「えっ、ちょっと…!」
引き摺られるように連れてこられたのは、倫太郎の高校の応援にきた人たちが集まっている一角だった。
「むりむりむり!」
「いや、この団扇もって他のとこ行くほうが無理だよ。目立っちゃうじゃん!」
強引に座らせられて、そのまま試合が始まってしまった。コートにはぞろぞろとユニホーム姿の選手たちが現れる。黒いユニホームが稲荷崎。なんとなくオーラがあって、その中でも一際輝いて見えるのは双子の選手だったにも関わらず、私は真っ先に倫太郎を見つけてしまう。
数回ほどラリーが続いて、スパイカーが跳ぶ。 金髪のセッターがボールを上げた先は、倫太郎だった。そのまま、流れるようにボールを床へと叩きつける倫太郎。素人目だけれど、洗練されているのがわかる動きだった。久しぶりに見たけれど、前見た時よりも力強くなっているように思える。 背も伸びて、身体付きも変わって。
「倫太郎じゃ、ないみたい。」
倫太郎は、なんだか、ずっと遠くにいる。 遠距離恋愛だったとか、観客席とコートとか、そんなのとは違う。 ずっと先を歩いていく倫太郎の背中が見えた気がして、寂しさが、ぎゅっと胸を締め付けた。
「…元カレすごいじゃん。めっちゃうまくない?私バレーよくわかんないけど、うまいよね?」
「うん。」
倫太郎は、すごい。 同じ歳なのに、一人で違う場所に行って、バレーをするって決めた。その決断をするのに、迷いなんか一つも見せてくれなかった。 そんな倫太郎に対して、なんでなんで、と駄々を捏ねる私は、どんなに幼かったんだろう。 …あぁ、やばい。泣きそう。
「ごめん、トイレ…」
「ん。いってらっしゃい。」
応援席の階段を昇って、比較的開けた廊下で足を止めた。少し、一人になって落ち着いてから戻ろう。友達の前で泣くのは気恥ずかしい。 ふぅ、と息を吐いて、目頭を抑える。ぐっと熱いものが込み上げてきたけれど、なんとか零れ落ちるのは防げた。
「角名さん、すげぇな。」
私の隣で立ち見をしている子らが、つぶやくのが聞こえてしまって、身体が固まる。チラ、と目を向ければ、服装を見るに、バレー部の後輩の子だろうか。臙脂色のジャージは、倫太郎も着ていたことがあった気がする。
「本当に憧れるわ…。」
「お前めっちゃ角名さんに懐いてるもんなー。越境ってやっぱ絆深まるもん?」
「まぁ、やっぱ同じように遠いとこから来たけん、結構相談乗ってもらってるかもしれん。ホームシックになるやん?角名さんに話したらなんそれって笑われるんやけど…。」
訛りのある口調から察するに、倫太郎と同じように遠くから稲荷崎を選んだ子らしい。 同じ境遇、同じスポーツ、同じ学校で、同じ時間を過ごしている。それが羨ましい。
「そりゃ、角名さんはホームシックとかせんやろ!地元の彼女が、よう会いに来とるらしいし。非リアのお前とはちゃうやんな。」
「言ってはならんことを…!って、いうか角名さんこの間、彼女と上手くいってないって感じのこと言ってたわ。」
「えー、ほんま?」
「うん。なんか別れたっぽかった。」
「やっぱ、部活ばっかやしなぁ…俺らもやけど。」
上手くいっていないどころか、もう別れるって言ってしまった。私は、倫太郎の彼女、とは名乗れない立場にいる。それを痛感して、なんだか苦しい。
「そういや、別れたって感じのこと言うてた時らへん、角名さん調子めちゃくちゃ悪かったんよな。」
「あー、メンバー外されてた時か…。なんや、大耳さんとかに割と厳しいこと言われてた気するわ。」
そんなこと、知らなかった。 私の知らない倫太郎の姿を聞いて、胸がしめつけられる。 今までピンと張っていた糸が、途切れてしまいそうだ。 倫太郎が苦しい時に、私は自分の誕生日を祝って貰えないことで軽んじられているなんて拗ねて、二人の関係を手放した。会いたいのは自分だけだったのか、倫太郎は私のことをどうでもいいのか。
自分のことばっかりで、『バレーで勝つため』と目的を背負って頑張っている倫太郎が、何をしていて、何を感じていて、どんな状況にいるのかなんて、考えていなかったんだ。
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