ひとりで生きたい訳じゃない.




「その後、彼氏とはどーなの?」

バイト終わりにバックヤードにいた笹野さんが、缶コーヒーを差し入れしてくれた。やっぱり、歳上だけあって違う。缶コーヒーってなんか大人だ。

「どーもこーもないです。」

「最近、接客以外の時の顔暗すぎ。せっかくかわいーのに、勿体ねぇよ。」

「…かわいくないですよ。」

「あら、自覚なしか。」

笹野さんが茶化すように言う。倫太郎には、あんまり可愛いとか言われたことなかったな。たまに会った時の別れ際で泣いてる時に、もっとかわいー顔しなよって笑いやがった。めちゃくちゃおめかししても、会えない間に綺麗になろうとダイエットしても、反応なし。
あれ、私倫太郎のどこがよかったんだろう。

「別れました。」

「えっ…あー、おつかれ?」

初めて人に別れたことを言った。友達にも、まだ言ってなくて湧いてなかった実感が、じわじわと心を侵食していく。思ったよりも失恋って辛い。どこがよかったのかなんて分からないけれど、それでも好きだった。
あんな唐突に、雑に、捨ててしまっていいものじゃなかった。

「…好き、だったんですけどね。」

「うん。」

「こっちばっかりっていうか。」

「そうだね。」

「私のこと、もっと好きでいてくれる人と付き合った方が良かったかもしれない。」

机に突っ伏している私の顔は、きっとひどい顔だ。角名に見られたら、もっとかわいー顔しなよって笑われるくらいにはひどい顔してる。
深くため息をつくと、ふわっと頭に優しい重さを感じた。摩るように往復するそれは、ぎこちなさがある。笹野さんの手だ。二人きりのバックヤードに、他の人の手はありえない。この手が倫太郎の手だったら、と想像しても仕方ない虚しい考えを巡らせて、悲しくなる。

「あのさー」 

「…はい。」

「俺にしない?」

「…はい?」

「俺、名前ちゃんのこと好きだよ。」

バッと顔をあげてしまった。聞こえなかったふりをするなんて、もう無理で、笹野さんの真っ直ぐな目が、私を射抜く。

「彼氏クンより、大事にするよ。」

缶コーヒーの味は、覚えていない。
コーヒーの味なんて、苦くていい匂いな、想像に易いもののはずなのに。



告白されたのは、初めてだった。
小学校の頃から倫太郎一筋、わかりやすすぎるくらいだと言われるほどだったから、男子と色っぽい雰囲気になったことなんてなかった。

倫太郎は、バレンタインにちらほらとチョコを貰っていたし、絶対に私以外にも告白されてる。
背が高くて、うるさくないけど面白くて。スポーツは大体なんでもできるし、なんか大人っぽい。クラスで3番目くらいにモテるんだ、倫太郎は。

付き合ってたなら、多分倫太郎に相談していた。
私、告白されたんだけど…と言ったら倫太郎はどんな顔するんだろう。妬いてほしいとか思うのは贅沢だけれど、断りなよってくらい言われたい。まぁ、もうそんな相談しても仕方ないんだけど。
私が相談相手に選んだのは、一番腹を割って話せる友達だった。

「えー、そんなん付き合うしかなくね?」

「でも、別れたばっかだし…」

「だからじゃん。失恋癒すのは次の恋っていうでしょ!それに2個上で大学生とか、めっちゃいいじゃん。遠距離頑張ってる彼女の誕生日忘れるようなクソやろーよりも、絶対そっちがいい!」

クソやろーって…!
確かに忘れてたのは酷いけど、倫太郎は優しいところもある。私が落ち込んでたら、そっとそばにいてくれるところとか、寂しいって言ったら抱きしめて…は、くれないけど、頭を撫でてくれるところとか。

「…まだ、吹っ切れてないの?」

「ごめんね、」

「謝ることじゃないよ、言いすぎた。こっちこそごめん。」

私の顔が曇っていることに気づいてくれたのか、友達は優しく肩を寄せてくれた。

「吹っ切れた方が、いいってわかってるんだけどね…」

悲しかった。誕生日を忘れられたことだけじゃない、頻繁に会いに来なくてもいいという言葉にも、傷ついた。
会いたいのは、私だけだったのかもしれない。張り切っていた自分が恥ずかしくて堪らなかった。

「一人よがりだったのかな、って。もし、このまま他の人と付き合ったとしても、また一人よがりになっちゃうんじゃないかなとか、そんなこと考えると、苦しい。」

私の隙あらば会いに行く行動も、毎日送るメールも、全部倫太郎にとって迷惑だったのかもしれない。
新しい場所でできたチームメイトと過ごす時間を邪魔してたのかもしれない。

「ハァー…消えたい。」

「ええ!やだ!消えないで!」

友達にきつく抱きつかれて、胸が苦しくなる。

「くっそ!名前にこんな顔させやがって…、よし、最後に会おう!そして吹っ切ろ!」

「えぇ…」

予想外の展開に、滲んでいた涙も、ひゅっとどこかに引っ込んでしまった。






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