素直になれなんて馬鹿げてる.
「誕生日おめでとう!」
「名前ちゃん、誕生日なの?おめでとー」
学校でもバイト先でも、誕生日を知っている人からはおめでとうという言葉が貰えた。 その言葉で私の誕生日を知った人からも祝って貰えて、コスメやジュース、お菓子、プレゼントも鞄の中にある。なのに、どこか満たされない思いがある私は、欲張りだろうか。
バイトのあがり時間。今日は日曜だからダイヤが違うために、電車を待つ間は店内でぼーっとして過ごす。 携帯を立ち上げてみても、倫太郎からの連絡は無い。
「名前ちゃん、どうしたの暗い顔して。」
声をかけてきたのは、バイト先の先輩。二つ歳上の笹野さんだった。向かいに座った彼は、歳上だけれど童顔で、あまり変わらないくらいに見える。
「暗い顔してました?」
「うん、どんより。」
「そうかなー…あ、笹野さん!プレゼントありがとうございました!」
笹野さんからは、かわいいハンカチとハンドクリームのセットをいただいた。 水仕事は、手が荒れやすい。労りを感じるプレゼントは、男の人が選んだと思えないくらいのかわいさで、嬉しかった。
「いーえ。あ、そうだ。今日はヘルプで来てくれたけどさ、誕生日なんだし彼氏と予定とか無いの?」
「…遠距離なので。」
「あ、兵庫だっけ。」
「はい。」
あーだめだ。思い出しちゃった。 また携帯を見る、連絡は無い。もう、連絡は来ないんじゃないか。そんな気がして、悲しくなった。
「…連絡もないの?」
「はい。0時回った時に何もなくて…まぁ、向こうはめちゃくちゃ部活がハードだし、寝てる時間だから仕方ないです。」
「もう、今日の大半は終わったのに?」
「…ま、まだ、その…いつも連絡する時間がありますから!」
倫太郎から連絡が来るのは、いつも夜の10時くらい。その時に、何かあるかもしれない。おめでとうの一言だけでいいから、あってほしいと願いながら、電車に揺られて家に帰った。
今日の夕ご飯はちょっと豪華で、ケーキなんかもあったりして。嬉しいし美味しいはずなのに、集中できない。 お風呂にも入って、あとは倫太郎からのメールを待つだけの時間。いつもなら、課題や見たいテレビがあるのに、今日に限って何もない。
…めちゃくちゃ時間が長く感じる。
いつもの時刻までは30分あるけれど、いてもたっても居られなくなって、通話ボタンを押した。
『もしもし…?』
「あ、倫太郎?」
『うん。どうしたの、急に電話なんかして…何か用?』
ガヤガヤと賑やかな周りの声が聞こえる。誰かの話し声だ。関西弁のようなものが行き交っていて、倫太郎との距離の遠さを知らせる。
「今日、何してた?」
『今日?…あー、今日は午前練だったから、そんまま寮帰ってゲームしてるよ。ごめん、うるさかった?』
耳元が、倫太郎の声だけになった。おそらく、賑やかな場所から移動したんだろう。 今日は午前練だったんだ。じゃあ、連絡をくれなかったのは忙しいからではなかったのか。いや、部活のために県境を超えていったくらいだ。決して暇なわけじゃない。そんな斜めな見方をしちゃだめだ。
「あの、ね」
『うん。』
「今日…なんの日か、覚えてる?」
『今日?…なんかあったっけ。』
その瞬間、だめだった。軽んじられてる、そう感じてしまった。
「別れよう。」
自分でも、驚くくらいに冷めた声が出た。私って、こんな声が出るんだ。どこか冷静な頭でそう思った。
『は?なに、急に…』
「わかんない?」
『…遠距離、キツイってこと?』
「そうかもね、」
『頻繁に会いに来ようとしてくれなくていいよ、だから…』
「なにそれ?もういい、」
『待ってよ、もうちょっと話しようってば』
倫太郎のこんな風に焦った声を聞いたのは初めてかもしれない。明らかに自分が優位に立っているという感覚がして、止められなかった。言葉が、堰を切ったように溢れ出す。
「もう話すこと無い。倫太郎とは、もう会わない。連絡もしない。幼馴染とか、そういうのも無かったことにする。もう、関わることないから。」
『名前、待って』
ツー、ツー、ツー… 小気味よく、通話終了の音が鳴る。 あーあ、終わっちゃった。 いつも電話を切る時には、そう思う。けれど、今日の終わっちゃった、は本当の終わりだ。
不貞寝をして、私の17の誕生日は終わってしまった。 翌日のすっきりとした目覚めとともに、誕生日を祝ってもらえなかったくらいで、なんであんなことしちゃったんだろう…と自己嫌悪が襲う。 携帯を開いても、倫太郎からの連絡は無かった。
…やっぱり、もういいや。私の中の可愛くない私が顔を出す。めんどくさい、とぼやく倫太郎の顔まで浮かんできた。
うまく、携帯の画面が映らないのは、目が滲んでいるから。なんだか余計に悲しくなって、二度寝を決め込むことにした。
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