気づいてお願い気づかないで fin.




ぼんやりとしていたら、試合のマッチポイントになっていた。
相手のサーブ、それからボールがコートを行き来して、相手のエースが跳ぶ。やばい、打たれる…!と思った所で、ボールがコートに落ちた。
ーー倫太郎の、腕に当たって。
強烈なスパイクを弾いたのは、倫太郎のブロックだった。少しの静寂から、試合終了のホイッスルが鳴って、ドッと歓声が沸く。

稲荷崎高校の勝利だ。チームメイトらしき子達も、拍手をして喜んでいる。

「角名さーーーん!!ナイスブロック!!!」

挨拶が終わってすぐの突然の大声に、ビクッと身体が強張った。叫んだのは、隣にいた倫太郎に懐いているらしい後輩の子だった。

倫太郎が、苦笑しながら手を挙げる。視線が上向きになってーーカチリと。
歯車が合わさるような、不思議な引力が、私たちの視線を交わらせた。
倫太郎が僅かに目を見開いて、指をさした。その仕草だけで、私は動けなくなる。

「名前ー、試合終わっちゃったけど、どうする?」

ばらけていく人の中で、いつの間にか友達が目の前にいた。観戦中、放っておいてしまってごめんね…と言えば、特に気にしてないと言ってくれた。

「どうしよう…」

「さっき、元カレに指差されてたでしょ。」

「と、隣にいた子にじゃない?」

「んー…もうちょっと、都合よく考えてもいいんじゃない?」

友達が、にこっと笑って私の背後を指差した。
その爪の先に従って振り返るとーー息を切らした倫太郎が立っていた。
おでこに張り付いた前髪の一束と、上下する肩。走って、ここまできたんだろう。

「名前、」

「な、なに?」

「2人で話したい。もし嫌なら、俺のこと切って。」

できないのを、わかっていってる。そんな倫太郎の狡さが、私を躊躇わせた。

「…じゃあ私は先に帰るね。名前、耳貸して?」

「え、あ…」

「大事にしなね、素直になること。」

友達は、じゃあねっと軽快に私たちを置いて、通路を歩いていく。取り残された私は、倫太郎に腕を掴まれて、動けない。そんな風に掴まなくても、私は逃げないのに。いや、逃げられないのに、と言った方が正しいかもしれない。

「こ、このあと、試合は?」

「無い。さっきのが決勝だし、俺らは優勝。これから3位決定戦がある。だから表彰式まで空き時間。」

「見なくていいの?」

「…見た方がいいかも、だけど、」

倫太郎が、視線を逸らす。3位決定戦に出るチームは、愛知でも強豪だ。いつか他の大会であたることもないとは言い切れない。後ろめたそうな倫太郎の反応を見るに、観戦を推奨されているんだと思う。

「あんた、帰っちゃうでしょ。」

「…まぁ、うん。倫太郎を引き留められないし、第一別れてるから。ただ友達が双子の子達が気になってたみたいで、付き合いできただけで。もう、用事ないから、うん、帰る。」

「話したいんだけど」

「私、は、」

素直になること。友達の声が、頭に浮かぶ。

「私も、話したい。」

「じゃあ、」

「でも、今は帰る。また、電話する…じゃだめ?」

「…だめ。ちゃんと対面で話したい。今日、大会終わったら実家帰るから、夜に部屋に来てほしい。」

そう言うと、倫太郎は、自分の首にかけていたタオルを私の首にかけた。

「それ、返しにきて。」

「…え、なに、なんで?」

「逃げるの予防。」

「逃げないし!」

「いいじゃん、安心させてよ。」

「ちゃんと行くから、風邪ひかないように汗拭いて!」

タオルを倫太郎の首に掛け直して、髪についた水滴を、背伸びをしながら拭いてあげれば、小さい頃にもこんなことがあったっけ…と懐かしい気持ちになった。倫太郎も同じことを感じたのか、ふ、と顔から緊張が解ける。

「…じゃあ、またね。」

「うん、また。」

私はそのまま会場を後にした。


倫太郎からメールが来たのは、夕飯を食べ終えて、一息ついたころだった。
勝手知る倫太郎の家は、玄関を開けると、倫太郎の妹ちゃんが出迎えてくれた。
お兄ちゃんなら部屋にいるからー!と元気よく言われてしまい、ちょっと恥ずかしい。
階段を上がって、右手の扉にノックをすれば、気の抜けた声で入室を許された。

「おつかれ。」

「ありがと。そこ、座んな。」

倫太郎は、私のお気に入りのクッションを指差した。ずっと気に入っているこのクッションは、すっかりクタクタで、年季が入っているにも関わらず、捨てられていない。成長に伴ってシンプルに変わっていく倫太郎の部屋に、浮いている水色のドット柄。

「ダサいこと言うけど。」

「…最近、調子悪くて。レギュラー落ちしたらどうしようとか、バレーすんのしんどくて、ちょっと気が滅入ってたんだよね。いっぱいいっぱいになって、名前のこと考えれてなかった…ごめん。誕生日だって、会いにいくって言ってたのに、ごめん。」

「誕生日、は、悲しかった。けど…それよりも、なんで、言ってくれなかったの?しんどいならしんどいって。倫太郎がしんどい時、何も知らないのはやだよ。」

倫太郎が着ている部屋着の袖を握ってそう言えば、倫太郎は、ぐっと眉間に皺を寄せた。口角は微かに上がっているけれど、苦しげで。

「言えねぇよ。名前が我慢してんのに、自分がやりたいことするためにここまで来てんのに。どのツラ下げて言えばいいの?」

倫太郎は、スマホや勉強など、何かをしながらでも、人の話はしっかりと聞いていて、相槌は欠かさない。律儀に紡がれるそれは、倫太郎の優しさだ。
私はそれを感じたくて、ペラペラと話続けてしまう。
幼馴染で気の知れた仲だから、沢山のことを話してきた。

ーーけれど、遠距離になってからは、弱音や愚痴のようなマイナスなことは話せなくなってしまった。

折角会えてるんだから、話せる時間は限られたものだから、倫太郎にとって楽しい話がしたい。
寂しいとか、不安だとか。そんな弱さを曝け出して、倫太郎を煩わせてしまうのは、躊躇われた。だって、倫太郎は私なんかよりもずっと頑張ってる、私が重荷になっちゃいけない…そう思っていた。

「そんなん晒すくらいなら、離れた方がマシだって思った。名前は時間とかお金使って会いに来てくれるけど、俺は何も返せない。ただでさえダサいのに、これ以上ダサいとこ見せたくない。」

私は、平気なふりや強がることに必死になって、倫太郎が抱えていたものに気付けなかった。

「私は、倫太郎のかっこいいとこを沢山知ってる!稲荷崎いくって決める時に進路指導室に通ってたことも、お父さんとお母さんに頭下げてたことも、スカウトされるんだからって、練習がんばってたのも、知ってるよ。」

「なんでそんなの…」

「ずっと、好きだったから。」

私がさっき言ったことは、倫太郎が、おそらく隠したかったこと。離れている期間に、倫太郎が遠くにいっちゃった…と拗ねる私に、いろんな人が教えてくれたことだ。

「倫太郎が遠くに行っちゃって、寂しいことも沢山あった。けど、倫太郎ががんばってることを、私は応援したい。倫太郎が悩んで、迷って、そんなのもかっこいいって思うくらい、倫太郎のことが好きなんだよ…」

倫太郎が、私の頬に手を寄せた。ぷに、と引っ張られて、少し恥ずかしいから、やめてほしい。
倫太郎が、小さく息を吐いた。笑ってる。眉間の皺が和らいだのが嬉しくて、あぁ、好きだなって思った。

「調子戻ってきて、この大会もレギュラーで出れるってなって、名前のこともぐちゃぐちゃ考える必要ないし…せーせーする、とか、ぶっちゃけ思ってた。」

「なにそれ、ひど!」

「…でもさ、良いプレーした時、名前に見てほしかったなって、そうどっかで思う自分がいる。今日だって、名前が応援席に居てくれたら…って考えてたらほんとに居るんだもん。びっくりした。」

引っ張られていたはずの頬には、優しい倫太郎の手が添えられていた。少しカサついた手は、冷たい。

「名前が好きだよ。遠くにいても、そんな距離感じさせてくれないあんたが、俺には必要なんだと思う。」

倫太郎の瞳に、私の瞳が近づいた。
そのまま薄く光る茶色に吸い込まれて、倫太郎以外見えなくなる。

ーー初めての感覚は、一生忘れられない。
まだ生まれて17年しか経ってないのに、そう思えるくらい特別だった。

「私たち、戻ってもいいの?」

「俺がお願いしたいくらいだよ。」

「…数週間遅れの誕生日プレゼント、期待してるから。」

「うん。実は買ってある。」

「また、会いに行くから、もっと嬉しそうにして!」

「今まで以上に?」

「た、たまには、そっちからも電話してほしいし、好きって言って!」

「好きだよ。」

「…そ、れは、ずるい!」

「なんで?言ってって言ったじゃん。」

「…っもう!」

最終的には小競り合いになってしまったけれど。

「俺からも、お願い。」

「なに?」

「強がんないで、俺も…カッコつけちゃうかもだけど、ちゃんと相談とか、するし。」

私たちは、まだ17歳で、弱いところを相手に見せて嫌われないかなとか、相手も頑張ってるんだからとか、そんな不安を抱えて、強がってしまう。

そんな強がりを、解いて。

自分の弱さも、相手の弱さも、全部まとめて認めていきたい。そうすることが、きっと倫太郎の強さを支えてくれるはずだから。

頷くと、倫太郎が優しく私の頬を撫でた。さっきまでの冷たさはどこにいったのか、ほんのりと人肌の温かさがそこにあった。







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