気がついたら.




稲荷崎は、バレー部といえば強豪。
男バレのイメージが強いが、女バレも中々強い方で。
部員数も多く、3年間レギュラーになれずに試合に出られへん人間も居る。
そんな中で、アランは1年にしてレギュラーに。俺と赤木はベンチ入りメンバーになった。

苗字 名前も、1年にしてベンチ入りメンバーに選ばれたらしい。
女バレで1年ながらに試合に出るチャンスを得たのは苗字だけやったから、よう覚えとる。

体育館は、各部活で使える時間が割り振られていて。水曜日は、今と同じように男女バレー部は合同の体育館を使っていた。選手登録のメンバーのみ、コートを使える練習の仕方だった。

「苗字、これくらいのサーブ拾えんとあかんで!」

「はい!」

「苗字、動き出し遅い!」

「はい!」

「苗字、声出し!レシーブお見合いしてる場合とちゃうやろ!今のあんたのボールやで!」

「はい!すみません!!」

苗字の名前はひっきりなしに呼ばれていた。
今の動きは悪ないやろ、と横目で見ながら思うこともあった。
それでも苗字は、ハキハキとした返事をして。目線を下げることなく、ボールを追いかけていた。

「…すごいな、あのこ。へこたれんと、ずっと上みとる。」

「あのこ…って、苗字さんやっけ?よう見とんな。あ、わかった…面食いなんやな?苗字さん美人やしなぁ。」

赤木に笑われて、そんなんとちゃうわ、と嗜めながらも、美人やという感想には同意した。特に、ぎらりとした目力がええなと思った。


いつかの水曜日。たしか、寒かったから、冬や。
隣のコートにいた苗字は、その日もよくしごかれていた。
春高も迫っとって、先輩の虫の居所もよくなかったんか、いつもよりキツイ印象があった。
自主練を終えて、帰ろかなと思って部室へと足を運んだ。そしたら、部室棟の影、水道のあたりに蹲るような人影が見えた。

「っ、うっ…うう…」

泣き声やと、すぐにわかった。押し殺すような声と、見覚えのあるタオル。こんな遅くまで残る熱心さ。ーー苗字や。

正直、めちゃくちゃテンパった。
これ、慰めるべきなんか?でも、そっとしといてほしいかもしれへんよな?
泣いてる女子の慰め方とか、わかるわけない。老け顔やと言われるが、こっちは高校生や。
そっとしておこうと、部室へと入れば、備品を片付けている信介がいた。

「どうしたん?けったいな顔して。」

「うわ、…びっくりした。その…な、」

声を顰めて、苗字が泣いていたという話をすれば、信介がそうかとだけ言って、部室を出た。
そして俺が着替えを終える頃、信介は部室へと戻ってきた。

「ど、どうやった?」

「あぁ。落ち着いたみたいやし、送って帰るわ。」

サラッとやってのけてしまう信介に、俺は勝てへんなと思った。
部室を出れば、制服姿の苗字が居て。ぺこりと会釈をして上げた顔は、泣き跡はあったが、落ち着いた様子だった。

「北、もうちょいで来ると思う。」

「あ、ありがとう…」

恥ずかしそうに笑う苗字は、バレーしとる時とはまた違った女の子やった。
苗字が、信介のことを好きなんやろうなって気づいたのはその時。

そっから、苗字を目で追うようになった。
信介にがんばって話かける機会作っとるいじらしいとことか、信介とクラスが一緒でよく行動をともにしている俺と、たまに目が合うこととか。そういうのに気づくようになった。

部活でも、2年になったら不動のレギュラーに。3年になったら主将になった苗字を、大会やらなんやらで見て。
悔しさで苗字が泣くとこも、勝って安心したみたいに泣くとこも、ええなって思うようになった。

気がついたら、苗字のことが好きになった。
苗字と大会後に帰った日から、話すようになって。
やっぱり、苗字のことが好きやと思った。
まだ、この気持ちは言わへん。俺だけで持っとくけど、少しだけ、この気持ちの存在だけでも、知ってほしい。






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