なに楽しんでんねん.
大きく息を吸う。 練習の終わりを告げて集合の号令をかける時、毎日やっとることやのに、いまでも少し緊張する。
「今日はここまで!先生は会議があるそうなので、自主練は無しです。クールダウンして、上級生から順に上がってください。鍵閉め確認は苗字やります。1年生は着替え終わったら、3年生の部室まで鍵持ってきてください。以上、お疲れ様でした!」
「「「お疲れ様でした!!!」」」
部活も終わって、クールダウンをしていく。今日も痛めつけられた筋肉が、張っとるのを感じた。
「名前、今日はスパイクの調子よかったやん。さっきの号令もキレキレやったで。」
「ありがとお、せっちゃんのトスがええからやで。スパイクは皆レベル上がってきとるよなー…反対に、レシーブもう少しやらなあかんけど。」
「せやな、問題はレシーブやな。」
「うん。男バレと体育館一緒のときに、コートの配分考えてもらおか。サーブ練と組み合わせてしたいし、広く使えるよう頼んでみるわ。」
言ってから、少し後悔した。コートの調整、ということは、信介と話さなあかん。 今までなら、喜んで行っていた。しっかりと振られてしまった今では、気まずさがある。 でも、チームのためや。せっちゃんに頼むで!と言われてしまえば、引き返せない。
鍵閉めも終えて、帰路に着こうかという時には、溜息は隠せなかった。
「苗字。」
「あ、大耳…おつかれ。」
大耳も部活を終えたらしく、部室棟からタイミングよく出てきた。
「女バレも自主練は無しか。おつかれさん。」
その後ろに、信介がいた。 この間のことなんか、なんもなかったみたいに笑いかけてくれるもんやから、あたしは強張ってしまう表情に後ろめたさを感じた。
「…おつかれ。」
「そうや苗字、こないだの試合の表彰式についてやけど…打ち合わせしてもええか?」
「えっと…」
信介は、信介なりに気を遣ってくれているんやろう。なんもないみたいに、連絡事項について言った。 心の準備ができていなかったあたしは、言葉を詰まらせてしまう。あかん、こんなん、意識してるのバレバレやん。
「苗字、こないだ借りた教科書なんやけど、今日の課題にいるよな?俺、教室忘れてん。悪いけど、一緒取り行かへん?」
大耳が突然、あたしに声をかけた。取りに行かへん?と疑問系で聞いてきた癖に、あたしの返事を待たんと、歩き出す。
「ほな信介、ごめんな。」
「ご、ごめん!また、LINEで打ち合わせしよ!」
「おう。」
大耳に着いていく。校舎に入って、階段を数段。やっと、大耳が振り向いた。
「…あたし、大耳に教科書貸した覚えないで。」
「あぁ、借りた覚えないな。」
じゃあ、なんで。
「気まずそうやなと思って。知らんけど。」
急に変なこと言うてすまん、と大耳は頭をさげた。下げる必要なんて無い。あたしは、正直助かった。大耳の観察力のおかげで、強張る表情を崩さずに、信介から離れることができた。
「…あんな、あたし信介に振られてん。」
「そうか。」
「うん。助かったわ、ありがとう。」
それから、と大耳に借りていたハンカチをカバンから取り出す。ちゃんと洗濯して、アイロンかけて。借りた時と同じくらいにするには、少し技量が足りなかった。
「これも、ありがとうな。…アイロンかけたんやけど、あそこまでピシッとは出来ひんかったわ。」
「あぁ、あれはコツがいるもんなぁ。…大耳家秘伝の技やから、簡単に真似されたら困るわ。」
秘伝の技なら、無理やな。 なんや秘伝の技って、カメハメ波か。…今のツッコミはひどいな、40点。
「苗字、なんかあったら頼って。主将同士で話さなあかん時とか、あると思う。俺、結構フォローとか上手いし、役立つ。」
「…自分で言う?」
「ええやん、お墨付きってことや。」
本人お墨付きの大耳練が、味方になってくれるらしい。
「なんで、そんな親身になってくれるん?」
大耳は、あたしに肩入れする理由なんてないはずや。 友人の友人、ってくらいの関係性やし、同情からという理由も大耳の真摯な態度からは窺えない。それに、大耳は、確か信介の彼女と仲が良い。あたしよりも、あのこの方が距離としては近いはず。
疑うように尋ねた私に、大耳は噴き出した。
「ふっ、そんな警戒せんといて。小動物に威嚇されとる気分や。」
「あたし、だいたい虎とかに例えられるタイプやで?」
「それもちょっとわかるけど…俺的には、猫みたいやな。」
「なんやそれ、」
大耳が、一段階段を降りた。高低差が縮まって、あたしと大耳の顔が近くなる。 どき、としたのは免疫がないからで、大耳やから…とかそんなんとちゃう。
「信介のこと、好きやったんやろ。わかっとるよ、こっちは苗字のことずっと見てんねん。」
「は、?」
「今は失恋に漬け込むみたいやから、意味は曖昧なままにしとくわ。」
それ、言ったも同然やん。あたしのこと、ずっと見てたって、そんなん。
「…あたし、」
「あかんよ、まだ言ってへん。この気持ちは俺だけのもんや。」
断ろうとしたあたしを遮るように、大耳は言った。 あぁ、その気持ち、なんかわかるわ。信介へのあたしの気持ちも、そうやった。 本人に言ってないうちは、あたしだけの、大切な気持ち。そうやって、信介への好意を、長らく大切に抱え込んでいた。
「…なんか、こーゆーの楽しいな。」
「アホちゃう、なに楽しんでんねん…」
あっつい。なんやこれ、こそばゆい。 なんであたしが、こんな顔赤らめなあかんねん。ふつー、あんたのほうが照れるべきやろ。 余裕そうな大耳に向かって睨めば、また、威嚇せんといてやと笑われてしまった。
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